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そのまま部屋を後にするトントンを見送ったAの耳に、部屋の頭上から微かに“足音”が聞こえ何の警戒もせずに振り返り、微笑みを向けた。
「ゾムさん」
前とは違う、拒絶するためではなく受け入れるために呼ばれたゾムは通気口から無駄のない動きで着地すると、若草色の双眸が優しくAを見る。
その瞳の意味を理解し、受け入れると決めたAも同じ色を帯びた赤色の瞳で見つめ返した。
だが、すぐににっこりと微かに圧を感じさせる微笑みを浮かべる。
「それで、どこから盗み聞きされてたんですか?」
ぎくりと肩を揺らすゾムに、じとっとした視線を向ければ逸らされる目にAは小さくため息をついた。
「はぁ…駄目な話をしていたわけではないのでいいですけど、淑女の話を盗み聞きした罪は重いですよ」
「うっ…いや、ほら、やって昨日あんなんやったらから心配で」
「それで、私に何か言うことはありませんか?」
ゾムに数歩近づき下から見上げるAに、ゾムは思わず小さく喉を鳴らしたがふっと切望するように目を細めた。
「…これが全部終わってからでええから、Aのこともっと教えてほしい」
「教えるだけでいいんですか?」
「まずはAの言葉で、Aの声で、Aが今までどう生きてきたか、これからどうしたいか、何を思って何が好きとか全部聞きたい。そんで、俺はAの全部がほしい」
「ふふ、グルッペン様の言う通りですね。ここの方はとても欲張りなようです」
「それが俺らやからな」
「そうですね。じゃあ、分かりました。全てが終わった時、私からお返事させていただきます」
まるで宝物を見るような、眩しそうな、愛おしそうなAの微笑みにゾムは引き寄せられるようにAの頬と腰に手を当てると、そのまま優しく口づけを落とす。
抵抗しないAに数度唇を重ねて満足したように顔を離したゾムに、今度はAがゾムの頬を両手で挟み体重をゾムに預けながら「これはおまじないです」と言い、背伸びをした。
次いでゾムの額に柔らかいものが触れ、背伸びをやめたAの幸せそうな笑顔がゾムの目の前で咲き誇る。
「信じています」
たった一言、だがこの一言だけでゾムは今まで抱えていた葛藤が全て報われる気持ちだった。
抑えきれない心の衝動を受け止めるようにAを強く抱きしめる。
「絶対に助けたる」
「はい、信じています。だから、どうか皆さん無事に帰ってきてください」
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カラバコの中の子犬(プロフ) - 面白すぎて一気読みしました…!言葉の使い方や文章がとても品があり、文も読みやすくとても素晴らしい作品です…!!感動しました!!素敵な小説をありがとうございます!更新をお待ちしております! (2020年12月30日 14時) (レス) id: e1ec4a729c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:乃鴉 | 作成日時:2020年12月23日 19時