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「内ゲバの時点でもう遅い気すんねんけど」
「あの、皆さん私のこと子供扱いしてませんか…?」
「そんなことないよ、っと…こんなもんか」
お皿に積み重なっていたAの失敗作があっという間にお茶会に出せるようなお菓子に早変わりしていた。
その見事な手際を見ていたAは後片付けをしようとした鬱先生の腕を控えめに掴み、見上げる。
若干予期せぬ上目遣いに変な声が出かけた鬱先生だが、すぐに気を取り直して笑みながらAの言葉を待てば逡巡躊躇ってはいたものの意を決したような赤い瞳が鬱先生を見上げた。
「あの、もう一回だけやらせてもらえませんか。今の鬱さんを見て、なんとなく分かった気がするんです」
再度挑戦したいというAの意志を汲み取って、鬱先生は材料を元の場所に戻した。
「じゃ、やろか」
同じ手順、同じ工程だが、Aは明らかに先ほどよりは慣れた手つきで一つ一つ丁寧にこなしていく。
オーブンから取り出した生地が思う通り膨らんだのを見て、Aは思わずトリシアと喜びを分かち合い、ゾムと鬱先生は呑み込みの早さに感嘆した。
「うん、ようできとる。これならあとは中にカスタード入れれば完成やな」
「はい!」
事前に一緒に作ってあったカスタードクリームを膨らんだ生地に慎重に流し込み、出来上がったのは。
「これがシュークリーム…!」
きつね色に焼けた生地が膨らんだ中には甘く冷たいカスタードクリーム。
食べたことはあっても作ったことのなかったAは自分で作ることができた感激に身を震わせながらも、一つ手に取り真っ先にゾムに手渡した。
「…ええの?」
「あの時ゾムさんがお菓子作りを教えてくださると言ってくれたから作れたんです。だから最初はゾムさんに食べていただきたくて」
深紅の双眸を煌めかせ綺麗に微笑むAの笑顔の中に本当の嬉しさが滲んでいるのが見えて、ゾムは思わずフードを目深に被ってしまった。
誰よりもAと接する時間が多かったからこそ、Aの笑顔が社交辞令で見せるものではないことが分かった。
本当に嬉しそうに微笑むその笑顔を、眩しいと感じてしまったゾムはフードを目深に被ったまま大きく口を開けた。
手の込んだものではない故に素朴な味だが、作った人間の丁寧さが伝わるような優しい味を噛みしめる。
味見をしていなかったからか、少しだけ不安そうに見上げてくるAに思わず頭に手を乗せた。
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作者名:乃鴉 | 作成日時:2020年6月24日 19時