59 ページ10
亮は我に返ったように目を見開いて、その後走って部屋から出ていった。
バタン、と聞こえるドアの閉まる音がして、突然訪れた静けさに耳鳴りがした。
亮が去っていった方向に、腕が伸びている。
無意識だった。
伸びていた腕は、ぶらりと力なく垂れ下がる。
座り込んだ床は冷たかった。
充電器に挿しっぱなしだったスマホを手に取る。
操作する指が小さく震え始めた。
『…あった』
ふみの連絡先。
久しぶりに開いたトーク画面は、ちょうどあの日から時が止まっていた。
メッセージを打ち込んで、あとは送信ボタンを押すだけになる。
でも、液晶に近付いた親指がもう少しのところで止まってしまう。
…こんなに、怖いなんて。
背中に冷たい汗が流れた。
だけど誰も失いたくない。
ふみも、裕貴も、亮も。
そうはっきりと思ったとき、親指は送信ボタンを押していた。
深呼吸をすると、濃い酸素が肺に流れ込んできたみたいに楽になった。
スマホが震えて画面を見ると、ふみからのメッセージが表示される。
…相変わらず、返事はや。
泣きそうになりながら、笑っていた。
.
ふみと再会した場所はやっぱり居酒屋だった。
お酒を飲むのは久しぶりだ。
同窓会の時だって飲んでいなかった。
酔ってしまえば、余計なことまで思い出して止まらなくなってしまいそうだったから。
彼女はカウンター席ではなく、奥の個室に座っていた。
店員さんに案内された部屋の引き戸を開けると、こっちを向いたふみが笑顔で迎えてくれる。
「久しぶり、A」
『…久しぶり』
元気だった?と呑気に聞いてくる彼女は、昔と全く変わっていない。
嬉しかった。
またふみの笑顔を見ることが出来て。
『話したいこと、いっぱいあるんだ』
「うん。いつまでも付き合うよ」
彼女は楽しそうにビールの入ったジョッキを掲げて言った。
つられて私も笑ってしまう。
空っぽの五年間を埋めるように。
何時間も話して、聞いて、笑い合った。
172人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
那奈(プロフ) - 続きがめっちゃ気になる!!大変だと思いますが更新頑張ってください!! (2020年4月16日 15時) (レス) id: 4a3fdbf345 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:麦 | 作成日時:2020年4月7日 18時