子供のまま、痛いまま【吉沢亮】 (ページ28)

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「位置について、よーい……」

パン！

乾いた音が鼓膜を震わせる。

ピストルの音がすると同時に、彼は一気に飛び出した。
他のレーンで走る二人を抜いて、髪を靡かせながら走る。

すると周りの女の子達が黄色い声で叫び出す。

あれ、違うチームの子も応援しちゃってる……

彼はあっという間に、こっち側まで迫ってくる。

『頑張れー！』

そう言ったタイミングで、彼が私の前を走り抜けた。

目が合った…？

真剣に走るその表情が、少しほころんだ気がした。

それを見た瞬間、悲鳴にも近いような声で騒ぐ周りの声は一瞬聞こえなくなって、自分の心臓の音だけがうるさく響く。

聞こえなくなった音はゆっくりと元に戻った。

……え？

何、今の。

何故か顔が熱い。
自分でも耳が痛いほど赤くなっていくのが分かった。

自分の変化に気付いて、焦って挙動不審みたいに周りを見渡した。

まだ皆はリレーに夢中だ。
良かった、なんて意味のわからない安心感に浸って、こそこそと運営のテントまで戻った。

.

『危ない、危ない……』

熱中症になりかけたんだな、気を付けないとって言い訳みたいに自分に言い聞かせて、さっきの熱の理由を必死に取り繕う。

全身が熱くなるようなあの気持ちを、

私は知ってるけど、知らない。

だってそんな事あるわけない。
彼がどれだけ美形だったとしても。

教師と生徒なんだから。

そんな事、あるわけない。

ひたすら黙っていれば本当に熱中症になりそうで、鞄から中身を凍らせたペットボトルを取り出して額に当てる。
暫くそうした後キャップを開け、氷から溶け出したお茶を飲み込んだ。

.

誰と話す間もなく閉会式を終えて、生徒は帰路につきはじめる。
あんなに騒がしかったグラウンドは急に静かになった。

「A先生、ばいばい～」

『環奈ちゃん。気を付けて帰ってね』

声をかけてくれた彼女に手を振って見送れば、にっこりと笑って門の外へ歩いて行った。
もう随分人通りは少なくなっていて、皆帰ったかな、と一息つく。

「A先生」

その聞き慣れた声に、心臓が嫌な音を立てた。