【農家のおじさん】/A ページ2
｢おうコラ待てクソガキ｣
ぎく、と、肩が揺れた。
今しがたもぎ取ったばかりのトマトを手にしたまま、ぎぎぎ、とぎこちなく、振り返る。
｢‥‥‥‥こん、にちわ‥‥｣
｢てめぇ、その手に持ってるのはなんだ？｣
麦わら帽子をかぶり、大きなくわを肩に担いだおじさん(‥‥お兄さん？)は、とんでもなくおっかない顔でわたしを見下ろしている。
カンカンと照りつける太陽を背に、帽子の影で暗く霞んだその顔は、まさしく般若。
こ、殺される‥‥。
｢‥‥ごめんなさい｣
盗ったばかりのトマトを、大人しく、両手でお返しした。
真っ赤に熟れ、みずみずしいこのトマトが、とてつもなく美味しそうに見えたのだ。
つい、出来心で。
｢‥‥美味しそう、だったから‥‥ごめんなさい‥‥｣
｢‥‥‥‥‥‥｣
おじさんは、押し黙ったまま。わたしが差し出したトマトを手に取る気配もなく、じっとそこに佇んでいる。やばい怖すぎ。チビりそう。
｢‥‥もう2度としねぇと誓うか？｣
｢‥‥はい、2度としません｣
｢‥‥‥‥ほんとに？｣
｢ほんとです、ごめんなさい｣
｢‥‥‥‥｣
怖すぎて顔が見れず、俯いたまま、おじさんがトマトを取り上げるのを待つ。
しかし。
のし。
｢！｣
その両手に、重みが増した。
｢‥‥‥‥え｣
驚いて顔をあげれば、１つだったトマトが、３つに増えている。
訳が分からなくて恐る恐るおじさんを見てみると。
｢お前、俺んとこの野菜に手をつけるたぁ、随分目利きがいいようだな。家族にも食わしてやれ。んで、次はちゃんと、買いにこいよ｣
｢‥‥‥‥‥‥へ｣
にか、と、歯を見せて笑うおじさん‥‥いや、お兄さん。
｢お前が盗ろうとしてるとこずっと見てたけど、雰囲気的にも手口的にも常習犯じゃ無さそうだし。でも、ほんとにこれっきりだからな｣
次やったらただじゃおかねーぞ。
わしわしと頭を撫でられ、最後に、ぽん、と肩を叩かれる。
思わぬ展開に頭が付いていかず、わたしに背を向けたお兄さんの背中が見えて、思わず、
｢‥‥あ、あの！｣
呼び止めてしまった。
｢‥‥‥‥んあ｣
気の抜けた返事とともに、またお兄さんが振り返る。
生ぬるい風が運んできたのは、お日様と、土のにおい。
｢‥‥‥‥また、来ます！！｣
それは、単純に野菜を買いに来たいと思ったのか、それとも、また会いたいと、思ったのか。
わからないけど。
｢‥‥おう！｣
眩しい笑顔が、また見たいと、思った。
END
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作者名：こばやし
| 作成日時：2017年9月24日 11時
