192 『あと』 ページ16
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どうしようもない。その事実は確固たる壁として、Aの前に立ち塞がっている。心拍を鎮めさせようとしつつ、視線を巡らせて壁を壊す手段、また登る手段を探した。どちらでも良い。
そして見つけた、──とにかく周りに知らせれば良いだけなのだ。主人はAが連れ込まれる処を目撃していたし、今此処で犯罪未遂が起きていることを理解したら流石に止めに入ってくれるだろう。
足をゆっくり振り上げる。冨岡は腹部に馬乗りの状態だから、下肢には目が向かない。これを床に叩きつければ、階下の部屋を借りている人物が文句を言いに来てくれるはずだ。一回で駄目ならば二回。流石にそれくらいの時間はあるだろうし、それだけで打破には十分である。
そして──どんっ、と、鈍い音。
「────」
「るっせぇぞ!」
予想通りと言うべきだろう、階下からは誰かの怒号が籠った声で聞こえた。だが予想通りなのはそれだけであった。Aは己の意志で振り下ろしていない。
「……まだ、懲りていないのか?」
「──っ」
冨岡がAの意識が外に逸らされたのを感じ取り、彼女が二度音を出す前に両足を己の足で封じた。太腿部分を押さえつけられれば、関節を外すでもない限り足は動かせない。
冨岡は性急な動きで、Aの隊服の釦を外していった。全身の強張りが解けることはなく、彼女の鎖骨部分が浮き出る。
──大きな傷が、そこにはあった。
大きな、といっても、縦五センチほどの傷だ。一つだけならば大したことはなかっただろうが、それはその鎖骨部分に集中して幾つもあった。既に治癒を完了させたそれが見ていて痛々しいほどなのは、言うべくもない。
冨岡は、この傷に覚えがある。
「──九重の、時の」
冨岡義勇、神々廻A、両者の初の合同任務の際の事件だ。詳細は省くが、彼が此方を殺そうとしてナイフで彼女をめった刺しにしてできた傷である。後遺症はなく、傷跡だけがそこに存在していることを冨岡は知っていた。
思わず片手を滑らせれば、そこは他の滑らかな部分とは違い凹凸が指に伝わってくる。一生癒えない傷跡。
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白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» そうですね!いや正にその通り!(笑)剣士は他の鬼殺隊員を嫌っていましたが、あれは同族嫌悪というのも多少入っていたんですね。本人に自覚はないですが。過去を経て人間は変わるのに、今の剣士(?)は記憶がないですから。理解しようもないって話です。 (2021年1月14日 18時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 白夜の世界さん» 答えていただいてありがとうございます!話が変わりますが、記憶を失った主人公が過去の自分を嫌ってるのって、周りと同じ一般的な感覚を持ったからなんだろうなぁ。とか、周りから見た主人公ってこうだったのかなぁとか勝手に思ってます。更新お疲れ様です! (2021年1月14日 18時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» ネタバレになるので嫌だ、という方がいるかもしれませんので誰オチかは答えられません。ですが一つだけ言っておきますと、自分の作品読んで来た方はわかります。大正解、同じパターンです(笑)。 (2021年1月9日 20時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 大っっっ好きです!!(唐突)言葉選びといい情景描写といい最高です!個人的に気になっているのですが、この作品で誰オチとかはありますか?できる範囲でいいので教えたいただきたいです! (2021年1月9日 20時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - 紗夜菜さん» ハイハイもう此処でこうなるんだろ?わかってんだよという展開を覆したい性癖の作者です、どうも(笑)。剣士にとって良かったかはわからないですが、周りの人間とのタイミング的には最悪だったと思いますよ。冨岡とか特に。 (2021年1月8日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2020年12月20日 17時