188 『主導権の行方は』 ページ12
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己が取った部屋の襖が開かれる。まずい、と思うが既に抵抗の方法が思いつかない。どれだけ彼の手を引っ掻いても、それこそ血が出るほどに激しく爪を立てたのに、彼はまるで痛覚がないのかのようにそれを無視していた。
ならば、と閉じかけの襖を強く握り締める。普通じゃない握力で襖は即座に陥没をし、Aはそこに指を引っ掻けるようにしてそれ以上の行動を阻害させた。だが舌打ちをした冨岡に、反対の手と同じように手首を掴まれて剥がされる。
ダンッ、と激しい音がした。襖を閉める音で此処まで恐怖を煽られたのは、Aの生涯で初めてのことである。
「おい──義勇、何だ? その……、な、何か、怒らせちまったのか?」
声は震えているか? 手の振動は伝わっているか? ──わからない。だが悟られないようにするしかない。虚勢でも何でも張っておけ。相手が有利な立場だとわからせるな。そう必死に心の中で念じた。でなければ、でなければ。
主導権を握らせるな。──精一杯粋がれ。
──そうで、なければ。
「話をしようぜ? 落ち着けよ。取り敢えず、手を」
「『お前まで』とはどういう意味だ」
冨岡が発した問いに、Aは一瞬呆気に取られた。いつも通り言い返そうと思った瞬間、力が増した手首がさっと視界を掠める。彼が普段通りではない。なら此方も普段通りではいけない。
冨岡の言っている発言は実際には『てめえまで』だったが、そんな些細なことは二人とも気にしていられる余裕はなかった。Aは機微には疎いが、極度な鈍感だという訳ではない。彼の発言のことに思い当たり、「そのまま、だが」と短く返答。
足が触れ合った。
──距離が近づいている。
息を呑むAの前に、視線が高い、冨岡の顔。暗い碧眼。
「は……、はは。随分熱烈な視線だな。積極的な男は嫌われるぜ」
「──答える気は、ないのか」
「ッ……、ぉ、うわっ」
握りっぱなしだったAの腕を、冨岡はわざと勢いを付けて引っ張る。体は勿論それに従って冨岡になだれ込もうとするが、わかっていた冨岡はそれを避けて、宿屋の前で彼女の手を掴んでから初めて手を放した。だがその代わりに、背を見せた彼女の体を強く押す。
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白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» そうですね!いや正にその通り!(笑)剣士は他の鬼殺隊員を嫌っていましたが、あれは同族嫌悪というのも多少入っていたんですね。本人に自覚はないですが。過去を経て人間は変わるのに、今の剣士(?)は記憶がないですから。理解しようもないって話です。 (2021年1月14日 18時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 白夜の世界さん» 答えていただいてありがとうございます!話が変わりますが、記憶を失った主人公が過去の自分を嫌ってるのって、周りと同じ一般的な感覚を持ったからなんだろうなぁ。とか、周りから見た主人公ってこうだったのかなぁとか勝手に思ってます。更新お疲れ様です! (2021年1月14日 18時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» ネタバレになるので嫌だ、という方がいるかもしれませんので誰オチかは答えられません。ですが一つだけ言っておきますと、自分の作品読んで来た方はわかります。大正解、同じパターンです(笑)。 (2021年1月9日 20時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 大っっっ好きです!!(唐突)言葉選びといい情景描写といい最高です!個人的に気になっているのですが、この作品で誰オチとかはありますか?できる範囲でいいので教えたいただきたいです! (2021年1月9日 20時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - 紗夜菜さん» ハイハイもう此処でこうなるんだろ?わかってんだよという展開を覆したい性癖の作者です、どうも(笑)。剣士にとって良かったかはわからないですが、周りの人間とのタイミング的には最悪だったと思いますよ。冨岡とか特に。 (2021年1月8日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時:2020年12月20日 17時