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187 『置いていかれるように』 ページ11

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「──今、何と」

「あ?」



 茫然とした様子で訊く冨岡を、Aは眉根を寄せて訊き返した。冨岡は、ほとんど同じ調子で「何と、言った?」と繰り返す。

 明らかに冨岡の雰囲気が変わった。しかしどう変わったのか、何が変わったのかはわからない。ただこのまま此処で会話しているのは良くない気がして、きゅっと唇を引き結んだ。彼女は己の勘にはよっぽどのことがなければ従う人間だ。頭の中で赤い警鐘が鳴っている。


 Aは冨岡の問いを無視することを決めて、宿屋の中に這入り──こもうと、した。


 ──冨岡の手が、Aの手首を掴んでいる。



 それこそ赤くなるほどに。



「あ……ぁ? なに、何だ、お前。放せよ」



 困惑した様子で──ともすれば狼狽した様子で、Aは言った。冨岡は何も言い返さない。長い前髪が彼の表情を隠し、陰を落としている。


 ぞっと、する。

 様子が、おかしい。少なくとも良い方の様子がおかしいとかじゃなく、いや頭の整理ができていないが、とにかくおかしい。彼は今おかしい。



「ふざけ……、あぁ!? 何掴んでやがる、オイ!」



 冨岡の手を振り払おうとして、それでも彼の手はAを放さなかった。Aの頭は混乱を極めた。何が起こったのかさっぱりなのだ。本当に、今何が起こったのか。自分の知らない間で世界が進んでいたのかとすら思う。彼女を置いてけぼりに世界は加速を始めて。


 両手で彼の手を引き剥がそうとし、冨岡はようやく顔をあげた。




 仄暗い感情に濡れた碧眼が、Aを射抜く。




「──ひっ」




 悲鳴、を、あげた。

 本当に僅かだったが、聞こえないほどの音量だったが、空気を揺らすことしか考えていないような囁きだったが、Aは、悲鳴を、あげた。


 体が完全に硬直し、常中が解けて浅い息が繰り返される。そんなAを、冨岡は腕力だけで宿の中へと引っ張った。数日前の新聞を広げて読んでいた主人はゴトンッ、と派手な音を響かせ椅子から滑り落ちる。目の前の顔面偏差値が信じられなかった。



「え、あの、Aちゃん……?」

「コイツの部屋は」



 冨岡が訊いた後、「二階の右奥、だけど」「バカ言うなッ」という声が同時に宿内に響く。主人は反射的に口を押さえたが、もう遅い。

 階段を上がっていく二人の姿を見て(片方は完全に無理矢理だが)、主人は罪悪感を若干募らせつつ、「蕎麦屋の二階じゃないんだがねえ」と息を吐いた。


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白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» そうですね!いや正にその通り!(笑)剣士は他の鬼殺隊員を嫌っていましたが、あれは同族嫌悪というのも多少入っていたんですね。本人に自覚はないですが。過去を経て人間は変わるのに、今の剣士(?)は記憶がないですから。理解しようもないって話です。 (2021年1月14日 18時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 白夜の世界さん» 答えていただいてありがとうございます!話が変わりますが、記憶を失った主人公が過去の自分を嫌ってるのって、周りと同じ一般的な感覚を持ったからなんだろうなぁ。とか、周りから見た主人公ってこうだったのかなぁとか勝手に思ってます。更新お疲れ様です! (2021年1月14日 18時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - すみた先生さん» ネタバレになるので嫌だ、という方がいるかもしれませんので誰オチかは答えられません。ですが一つだけ言っておきますと、自分の作品読んで来た方はわかります。大正解、同じパターンです(笑)。 (2021年1月9日 20時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
すみた先生(プロフ) - 大っっっ好きです!!(唐突)言葉選びといい情景描写といい最高です!個人的に気になっているのですが、この作品で誰オチとかはありますか?できる範囲でいいので教えたいただきたいです! (2021年1月9日 20時) (レス) id: 16cbe631bd (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - 紗夜菜さん» ハイハイもう此処でこうなるんだろ?わかってんだよという展開を覆したい性癖の作者です、どうも(笑)。剣士にとって良かったかはわからないですが、周りの人間とのタイミング的には最悪だったと思いますよ。冨岡とか特に。 (2021年1月8日 21時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/  
作成日時:2020年12月20日 17時

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