桜の木の下で ページ48
「…まったく、妖様も鯉伴も何をしていらっしゃるんでしょうか」
その言い方にやはりこの人はと確信する。
「あの、あなたは……もしかして」
確かめようとしたAの口元にそっと指を立てる。
その微笑みは息を呑むほど美しい。
女性はそのまま困惑するAの手を引いて歩き出す。
「えっ、あの、どこに……」
手を引かれて連れて行かれた先にあったのは、大きな桜の木。
それは、奴良組にあるのと同じ。
あれは…この人のために植えられたものだったんだ……。
桜が好きなこの人のために。
いつだったか、祖父が言っていた。
祖母は桜のような人だったと。
「綺麗…」
咲き誇る桜に目を奪われるAの顔を見て微笑むと、優しく抱きしめられた。
ふわっと香る桜の香りに涙が出そうになる。
そっと体が離れ、両手を握られて優しいのにまっすぐな瞳と目が合う。
「大丈夫です。信じてください、妖様を…鯉伴を」
ああ、この人は。
「奴良組のみんなも、そしてあの子も」
あの子とは恐らくリクオのことだろう。
「あなたが手を離さなければ、きっとあなたの力になってくれます」
「どう…して….」
断言できるのだろう。
穏やかだが、決して弱いわけでも意志がないわけではない。
これが、祖父の選んだ人ー奴良組総大将ぬらりひょんの妻。
なんて強くて……美しい人なんだろう。
「大丈夫です。この力は、あなたにとっては荷が重いものかもしれないけれど……使いこなせるようになります。これから迷うこともあるかもしれません、怖いことも。でも、あなたとあなたの大切なみんなを信じて使ってもいいんですよ」
ああ、隣に寄り添ってくれる存在の何と心安らぐことか。
「でも、私は…体が…」
使うたびに熱を出して倒れてしまうならそう気軽に使えない。
「心配することはありませんよ。あなたがそれを望むのなら」
「それって……」
受け入れることで変わることなのか。
…怖い。それでも、対等になりたい。自信を持って隣に並べるくらいの。
顔を上げたAの目を見て彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、安心したように笑ってくれた。
「そろそろ、あの子のところへ帰してあげないといけませんね」
「ま、待ってください、私……っ」
まだ、話したいことがある、感謝だって伝えたいのに。
「素直に気持ちを吐き出すことが大切ですよ。行ってらっしゃい」
ふと意識が遠のく。
もう、会う機会はないのかもしれない。
ありがとう…おばあちゃん。
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作者名：エッグタルト | 作成日時：2024年3月7日 1時
