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あれから、二日。相変わらず、彼女を出迎えてくれるのは固く動かないドアノブだけ。鍵束を取り出すが、それが立てる音は日に日に大きくなってくる気がした。
彼女が確認してみた所、リックはきちんと学院に行って、平常通り真面目に講義を受けているらしい。
それが、ほっとするようであり──いっそもう──とも、どす黒い思いを彼女に抱かせるのであった。
一人で使うには広いダイニングテーブルに腰掛ける。
「やめてよ姉さん。もうおかず運ぶから」
そう咎める者ももういない。運ばれてくる湯気のあがった食事も。
別にいいよ、と彼女は目を閉じる。同僚に奢らせたフライは美味しかった、と。
そのままテーブルに寝転がり、天井の明かりをぼんやりと見上げる。──気づかなかった。ひとつ、明かりが消えている。
まあ今度でいいか、と静かに起き上がり、居間に向かって歩き出す。
その途中で、大鍋が目に入った。
といっても、中身は底に少し。量で言うならせいぜい二人分くらいしか入っていない。確か、四日前のビーフシチュー。蓋を開けると──少し、嫌な匂いがした。
これが無くなったら、ひょいとリックが別のご飯を作ってくれるんじゃないかって。でもいざ無くなったときに来なかったら、もうずっと帰ってこないような気がして。ずるずると答えを先延ばしした先に待っていたのは、ちょっとだけ嫌な匂いだった。
捨てなきゃ、と思ったのに──気づけば、鍋は火にかかっていた。
しばらくすると、静かだった液面に泡が一つ二つと出来ては割れる。そのうちに湯気が出てきて──もういいかな、と火を消す。
そのまま木皿に二人分に分けて、食卓へ運ぶ。自分の席にひとつ、空席にひとつ。
鍋、空っぽになったよ。当然の感想を抱いて、ここ二日は座らなかった席につく。
木のスプーンで、どろりとした赤色を一口。
そこには甘酸っぱさを覆い隠す、嫌な酸味と苦味があった。
自分で作るときはもっと下手じゃない。
吐き出したくなる気持ちを堪えて、二口、三口と口に入れる。飲み込むのが追いつかなくて、すぐ口の中がいっぱいになった。
静かな部屋で、咀嚼音だけが響いて。
最後に飲み下した一口は、あの晩、気楽に楽しんだものには二度と戻らない味だった。
はあ、と彼女は大きく息を吐く。気持ち悪かった。お腹がいっぱいで、口の中が不快で。
「──分かった。もう、いいにゃあ」
もう一人分は、皿ごとゴミ箱の中に消えた。
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