ビーフシチュー ページ1
「んん、朝からこんな美味しいご飯が食べられるなんて幸せだにゃあ。リックは天才にゃ」
「いや、僕なんか姉さんみたいに稼いでないし……ただの金食い虫だもん、これくらいしないと」
家族にそこまで遠慮しなくていいのよ、と言いながらライラはソーセージにナイフを通す。──こんな感覚だったっけ、と一瞬頭が混乱した。けど、そうだ。こんな感覚だ、ソーセージに刃物を通すなら。これは加工品だから。思い出して、そのまま口に放る。
しばし、食器同士がぶつかる音だけが響く。と言っても、たった二人分。普通の家庭よりも早く始まる二人の朝は、ひたすらに静かであった。憐れまれたのか、どこからか鳥の鳴き声が聞こえ始めた。
「ごちそーさま。……リック？ 進みが遅いけど、体調でも悪いの？」
ライラの方が食べるのが早いのはいつものこと。と言っても、彼女が食べ終わる頃には、彼も残り一品──というのがいつもであったのに、今日のリックのプレートにはまだオムレツとパンがひとかけ、別の皿にはサラダが半分ほど残っている。
パンをもそもそと咀嚼していたリックが、慌てて姉の方へ視線を上げた。
「う、ううん。今日は……二限目からだから……のんびりしようかな、なんて」
「にゃにゃ！ リックが学生みたいなこと言ってる！ いつもは午後からでも一限登校してるのに……。うんうん、のんびりすればいいと思う」
安心、と笑顔を浮かべて颯爽とライラは二階への階段を上る。一段飛ばしで二段、四段──そう進んだ所で、ぴたりと止まった。振り返って、リックの目を見る。まるで射止められたように、彼の咀嚼も詰まった。
「……本当に大丈夫にゃ？」
心からの言葉。いつもは激しく動く金の瞳が、今は凪いだように留まり、そして心配げに揺れる。その様子に驚いたようにまた固まり、リックはすぐに目をそらす。
「大丈夫だって。ありがとう」
そ、と言ってライラはまた階段を上がって行った。
照れなくていいのに。そう、少しだけ微笑みながら。
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