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ばあやに手を取られながら、列車へ乗り込む。この一等車の切符も、未来の旦那様がくれたもの。席へ座ってみると、椅子は実家のものと変わらないほど柔らかく、不安な気持ちが少し和らいだ。
窓から外を覗けば、不安そうな表情を浮かべたお父様とお母様。──この列車が出発して、私が見えなくなったら、二人はどんな顔になるのだろう。そんな、無駄なことも考えてみたりして。
それでも、よかった。私が選んだ道はこれで良かった。きっと、彼について行けば一等車なんて乗れなかったから。両親や婆やを悲しませてしまうから。
半ば言い聞かせるように、私は心の中で反芻する。
それに、彼なんて結局駅までも来てないじゃない──なげやりに窓に目をやったその場所。そこにはいた。切なげな瞳で、こちらを見つめる彼が。私を責める瞳が。
羞恥か、何だか分からない感情で顔が赤くなっていくのが分かる。見ないで、見ないで、見ないで。そう思って、つばの広い白の帽子を彼へ放った。排気に満ちた駅に、ぱっと白い花が咲く。慌ててそれを受け取めた彼の視界は、穢れのない純白で覆われたに違いない。
それでいい。彼が見ている私は、穢れのない私でなければいけない。
私は見られたくなかった。自由になりたい、なんて言っておきながら、「できた娘」という立場を捨てられない姿を。そのためなら、自分の身だって売り渡せてしまう、この惨めな姿を。
ようやく彼が顔から帽子を引き剥がす。何か叫ぶ。
でも、もう聞こえない。あの声はもう聞こえない。汽笛は、無慈悲に全ての音をかき消す。
きっと私の声もかき消されてしまうだろう。それでもいい。驚くばあやを尻目に、席から立ち上がる。ごつん、と天井に頭をぶつけたからか、視界が滲んだ。窓から身体を乗り出し、手を大きく振る。
「さようなら!」
──こう言おう、とずっと前から決めていた。絶対に彼には「ありがとう」とは言わない、ということも。
鳥籠にいる私に向かって、「外はこんなに広い!」と教えた彼には。私が快適だと思っていた場所は、本当は窮屈な世界なのだと気づかせてしまった彼には。
だから私が言えるのは、さっきの言葉と──
「ごめんなさい」
声にもならない声で言う。口から出るやいなや、風がその言葉をさらって行く。
頭の痛みなんてとうの昔に引いたはずなのに、相変わらず視界はぼやけたままだった。
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紫清(プロフ) - 秦弓月さん» コメントありがとうございます。両片思いといえば「切ない」だよなぁ……と考えながら書いたので、それを作品に表すことができていてよかったです。 (2019年1月10日 22時) (レス) id: 31558a11d8 (このIDを非表示/違反報告)
秦弓月(プロフ) - 切ない話ですね。両親のため、自分の幸せを犠牲にするヒロインの内心がよく表現されていると思います。 (2019年1月10日 22時) (レス) id: deabd34961 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ccさん» 「両片思いと言い張っていいのか?」とちょっと不安でしたが、そう言って頂けて安心出来ました笑 コメントありがとうございます! (2019年1月5日 20時) (レス) id: 31558a11d8 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - 花杜あみり@あっ、スーモ!さん» ありがとうございます! どうしたら雰囲気が出るか試行錯誤した結果だったので、その点を褒めて頂きすごく嬉しいです。 (2019年1月5日 20時) (レス) id: 31558a11d8 (このIDを非表示/違反報告)
cc(プロフ) - 素敵……。身分が許さない切ない恋、他の方が描く「両片思い」とは一風変わっていておもしろかったです。 (2019年1月5日 17時) (レス) id: 268fdbae44 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紫清 | 作成日時:2019年1月4日 22時