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村「あかんなぁ。まさかホンマに上手くいくとは」
あの後しばらく抱き合ってから、私たちは濡れに濡れた顔をリセットするために一度離れた。
嬉しそうなのを隠しもせずに、笑みを溢れさせた信ちゃんは、タオルを持って来て口を開く。
村「ごめんな。振り回して」
『ホンマやで。こんな余生送る予定ちゃうかったのに』
村「まあええやないか。泣くほど好きなんやろ？」
『そういうの、思っても口に出しちゃあかんって習わんかった？』
言い返しつつ、冷静になった私は若干気恥しさを感じていた。
あんな子どもみたいに泣きじゃくったのは本当に久々だったから。
元来、感情が高ぶると涙に直結しやすい方だったけれど、まさかあそこまで泣けるとは思いもしなかった。
そしてなにより、出会った頃みたいな信ちゃんの不安そうな顔を見ているだけで、あんなにも愛しさが溢れてくるなんて、想像もしていなかった。
手持ち無沙汰で義足を外していると、信ちゃんの目がふとそちらに向けられる。
急に暗くなった視線に怯えて、私は怖々と声をかけた。
『一人で生活できるし、心配せんでもそんな介護とか求めてへんからな？』
村「なんの気遣いやねん。そこやなくてな」
熟考してから、重々しく彼が口を開く。
村「こんなこと、絶対思ったアカンのにな。あの事故あってよかったって」
『………』
悪意なんて微塵もないのは分かっているから、私は黙って続きを促した。
村「いや、なんかちゃうな。……あの事故無かったら、どうなってたんやろなって」
『私はなんなとアイドル続けてたんちゃう？』
村「そやろな。ほんで、俺の片想いの年数だけが増えてってたんやろな」
その未来が一番在り来りだったろうし、それもそれで悪くなかったようにも思う。
アイドルを離れて見てみれば、あの頃の私が悩みに悩んでいたことも、時間がいつかは解決してくれたような気もするし。
でも、こんなに自分という人間を見つめ直す時間は取れなかったように思う。
私は信ちゃんを通して、私を見ていた。
存外に女らしくて嫌な性格をした私を。
私の理想のアイドルからは程遠い私を。
『なあ、信ちゃん』
村「ん？」
私は久々に前に聞いた質問を反芻した。
『アイドルの私と、素の私、どっちが好き？』
病室で聞いた時と同じく、困惑した彼はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
『どっちを好きになったん？』
あの頃と違うのは、答えに対して私が全く恐怖していないことだろうか。
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作者名：藻くずちゃん | 作成日時：2022年9月28日 16時
