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村「すまん」
『え？』
先に口を開いたのは、信ちゃんだった。
真っ直ぐな目が不安からか震えている。
そして、その目はいつも以上に潤んで充血していた。
村「さすがに音信不通はないわな」
目の前にいる彼は、もういいおじさんのはずだ。
それなのにどうして、どうして私の目には小さかった頃の信ちゃんが映るんだろう。
村「ごめんなぁ、ニシ。お前は、期待させるようなことなんて、なんもしてへんもんな」
久々に名前を呼ばれて胸が痛くなる。
切なげに絞り出される彼の声が、鼓膜に辛く当たった。
村「分かってたつもりやってんけどな。ニシが俺のことなんてなんも思ってへんのなんて全部覚悟の上で、ちゃんとお前に俺の事、好きになってもらいたかったんやけどな」
長い親指が、クルクルと絡まって回る。
村「ごめんな。面倒臭いことして」
信ちゃんは、普段ごめんなんて言わない。
すまんな！って軽く笑い飛ばして、手を挙げて笑うのが常なのに。
そんな彼を本気で謝らせる自分が憎くてたまらなかった。
申し訳ない思いなんて、信ちゃんはしなくていいのに。
村「護ったる……って、言うたのに。なんも上手くいかんわ」
一緒やで、信ちゃん。
それは私も一緒。
信ちゃんにだけは、離れて欲しくなくて。嫌われたくなくて。
そのくせ、そんなこと素直に口には出せんと、逃げてばっかり。
村「ニシ……？なんで、泣いてんねんおまえ……」
『……っ、しんちゃ、』
愕然とした彼の顔がもう、私の視界にはぐちゃぐちゃにしか映らない。
村「あーあー、もう、」
昔と変わらず乱暴な手つきで、私の涙を彼の袖口が吸っていく。
泣いている私にすら、泣いている訳が分からなかった。
心で抱えきれる感情がカンストして、涙になって出てくることは、昔はよくあったけれど、こんないい歳して。
泣きたいのは、信ちゃんの方だろうに。
『しんちゃん……私のこと、嫌いになった？』
私の言葉に、彼は強く首を振る。
村「そんな訳ないやろ。甲斐性なしな自分が嫌なって、ちょっと距離置きたなっただけや」
『ほんまに？』
村「ホンマやで」
優しくそう言ってもらえても、怖くてたまらなかった。
信ちゃんがいない人生が、彼に会った途端に耐えられないものへと変容する。
大倉に、仕事に専念するだなんて嘯いていたのがバカみたいだ。
あの日、追いかける足のない私の前で閉まった扉が、今もまだ脳裏によぎるのだ。
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作者名：藻くずちゃん | 作成日時：2022年9月28日 16時
