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村「出よか」
『うん』
出しかけた財布は、「慰労会や言うたやろ」と阻まれてしまって、私は先に店を出る。
ぎこちない雰囲気を醸していたに違いないのに、店主は気にすることも無く見送ってくれた。
外は雪が降りそうなくらい痛々しい空気をしていて、一気に体が冷える。
義足の接続部が痛むような気がした。
村「寒ないか」
店から出てきた信ちゃんは、立ち尽くしている私に慌ててマフラーを巻いた。
村「鼻真っ赤やんけ」
裏路地の空気が良くなかったんだろうか。
それとも、この冬の高い星空が？
いや、直前の邪推が駄目やったんかも。
人の心配をしておきながら、自分も鼻を赤くする彼に、甘えたい気持ちが膨れ上がってくる。
弄ぶようなマネ、絶対にしちゃいけないって分かってるのに。
それでも、あと7回のカウントダウンが終われば、彼が離れていくかもしれない事実が怖くて、私は狡い女の顔をした。
『信ちゃん。さむい』
村「……車、戻るか」
『うん』
さりげなく繋いだ手は、びっくりするくらい熱かった。
分かりやすい横顔は、あからさまに困っている。
そのくせ、撮られても手を繋いでいるのがバレないように、私に距離を詰めてくる計算高い一面が信ちゃんらしい。
『歩くん速ない？』
村「っ…ああ、すまん」
『うん』
ゆっくりと歩調を合わせてくれる彼の横で、若干優越感を感じてしまう自分が嫌だった。
大切にされているという実感でしか満たされない自分が。
車の前まで来ると、私はすっと手を離した。
名残惜しさなんか、決して抱いてないという顔をして助手席に乗り込む。
信ちゃんは困った顔のまま、駐車券の精算に向かった。
その後ろ姿を見ている間に、平常心を取り戻そうと私はスマホをタップした。
待受を見て、火照っていた身体がしんと冷めていく。
そうだ、私は関ジャニ∞だった。
信ちゃんはそのメンバーで、あんな変な空気になんてなるはずもない相手。
待受に設定している8人の写真は、それを思い返させるのに十分だった。
村「エンジンかけてから行けばよかったな」
妙な空気を引きずったままの甘い声を出す信ちゃんに向かって、私はいつも通りの笑顔を向けた。
『ホンマやで。寒すぎ』
村「……ああ、すまん」
空気を読んで、信ちゃんもいつも通り笑う。
まるで何も無かったかのように。
まるでさっきあったことは幻だったかのように。
私たちの間にある空気は、怖いくらいいつも通りに戻った。
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作者名：藻くずちゃん | 作成日時：2022年9月28日 16時
