永遠色グラフィティ

泣きたい理由(3) ページ30

着替えるから待っていてと通された部屋は、

想像通りきれいに片付いていた。


この部屋で彼が何を思い、

何を考えているのか。


それをこの部屋は知っているのだと、

観葉植物ひとつにさえ

俺は嫉妬していた。



「お待たせ」

五分ほどで戻って来たまっすーは、

ブルーグレーのチェックのシャツを着ている。



「そのシャツ、俺も…」


「え？」

まっすーが顔をしかめたように見えて、

言葉を引っ込めた。


「あ、いや…似合うよ、それ」

「とーぜん！」


久しぶりに見せる笑顔は

あの頃と少しも変わらず、

それなのに確かに年月を感じさせもする。


出会った頃から、

俺たちは余りにも遠くへ来てしまった。


望んだ場所がここだったのか、それはまだわからないけれど。


俺は今もこの男と近くにいられることを感謝していた。


俺か彼が、何かひとつでも違う選択をしていたら、

今彼の隣にはいられなかった。


それだけで俺が生きている理由になると、

一人勝手に思うのだ。


彼が何を望んでいるのかは、未だにさっぱりわからないけれど。



雨の日の映画館は、予想以上に混んでいた。

小さな劇場だからバレやしないかと緊張したが、

皆一様にこれから始まる映画への期待に胸を膨らませていて

俺たちに気付く人はいなかった。


ーーーーーーー


「なんで俺のこと誘ったの？」

エンドロールが終わるとすぐに席を立ち、俯きがちに俺の前を歩きながら言った。


「なんでって…俺の好きな監督だから、一緒に観たいと思って…。

なんか…ごめん」


好きな監督のものだから

内容はあえて調べずに来たのだけれど、

男同士の恋愛が絡んだ話…だったんだよね、要するに…。


「なんで謝るの？」

ハッピーエンドとは言えない終わりが、

俺の気持ちを締め付けた。


「この監督の映画っていつもハッピーエンドだから

今回のもそうだと思ったんだよ。

まっすーはハッピーエンドが良かったよね？」


なんとなく思った。


現実は苦しいことも悲しいことも沢山ある。

だから映画ではせめてハッピーエンドが観たいと

まっすーは思っているんじゃないかって。


「そうじゃなくて」

「え？」

「ハッピーエンドじゃなくたって良い。

だけどこんなの辛過ぎる。

俺、差別するのも嫌いだけど、

こんな差別受けるなんて…耐えられない」


彼らの受けた差別を

自分も受けると思っているの？


「なんでまっすーが受けるの？」

思わず顔を覗き込んだ。





(つづく)

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