双つの黒”猫”。上 ページ4
不穏な気配が辺りを支配していた。
それは今が夜だからなのか、ここが魔都であるからなのか。
答えは両方である。
私は街から外れた森の中を歩いていた。
満月が煌々と光る神秘的な夜にそぐわず、木々の向こうからは激しい轟音と禍々しい空気が漂ってくる。
何が行われているのか、凡そ見当はついているつもりだ。
だって、見てしまったのだ。
怪我をした太宰さんが、森へ入っていくのを。
そして。
「──汝、陰鬱なる汚濁の許容よ──」
聞いてしまったのだ。
「──更めてわれを──」
中原さんの、狂気混じりの呪詛のような声を。
「──目覚ますことなかれ──」
感じてしまったのだ。
周りの空気を一切合切自分のものにしてしまう、彼の力を。
轟音がして、辺りの空気が震え始める。
『重力』が誰かの意のまま操られている様に、地面にヒビが入り始める。
木々の隙間から見えてしまった、見てはいけない光景。
きっとこれは夢ではないのだろう。
だってここは、魔都だから。
中原さんが異形のものを相手にしているのを目の当たりにしても、驚きはしない。
私は彼らの邪魔にならないような、離れた木の下に座り込んだ。
目的があってここに来た訳じゃない。
暇つぶしがてらの、見物に来たのだ。
つまり私はただの野次馬である。
どっちが敗北しようが、私には関係ない。
しかしどうにも。
知り合いが傷だらけの身体を、文字通り身を粉にして怪物に立ち向かっている姿を見るのは、いささか気にかかる。
心配している訳じゃない。
私が彼を助けられる訳ではないし。
怯えている訳じゃない。
あんな怪物、人間が虎になるような非現実な、どんなことでも起こりうる世の中じゃ、珍しくなんてないのだから。
でも、ちょっとは手を貸してやってもいいとは、思ったりするのだけれど。
***
私は森を抜けた。
まだ轟音は響き続けている。
こんな森の奥じゃあ誰にも気づかれなさそうなところが、唯一安心できる点だ。
耳から遠のいていく地響きを無視して、私はただ真っ直ぐに駆け出した。
「おや、──君は」
いつしか訪れた海岸は、件の森からそう遠くなかった。
私は紫煙をくゆらす一人の紳士を見上げる。
ああ、やはり、あなたは此処にいると思った。
モノクルの下の瞳は意外そうに私を見た。
紳士は少し面食らったように間を置いて、それからふーっと煙を吐き出しながら懐かしそうに目を細めるのだ。
「何やら早急の用事かね、かしこい猫さん」
紳士は外套をなびかせ、私の後ろを指した。
そこに立っていたのは、紳士の部下の二人だった。
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音猫(プロフ) - 菜々さん» コメントありがとうございます(^^) わー!楽しみにしていただけて嬉しいです! そのうち時間が作れたらまた更新しようと思ってます!(*^-^*) (2020年6月7日 10時) (レス) id: 6e1a8c15ff (このIDを非表示/違反報告)
菜々 - 猫視点でのお話はとても面白いですね!是非続きを、読んでみたいです!夏目先生との再会が楽しみです...♪*゚ (2019年8月4日 3時) (レス) id: 3df446ad78 (このIDを非表示/違反報告)
音猫(プロフ) - ソルトさん» コメントありがとうございます! 猫さんは私の分身みたいなものなので、感情移入して下さってとても嬉しいです。不思議な、素敵な感覚で読んでいただけているのでしたらとても書きがいがあります。楽しみにして下さって光栄です! (2019年6月14日 17時) (レス) id: 6e1a8c15ff (このIDを非表示/違反報告)
ソルト(プロフ) - 猫の視点での作品は始めて読みましたがとても面白くどんどん猫さんに感情移入していきました。言葉では説明できないような感情を抱かされるような感覚です。更新、楽しみにしてます (2019年6月12日 12時) (レス) id: 61b043fd1c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:音猫 | 作成日時:2019年6月5日 11時