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「ねぇ、A」
午前一時。静まり返ったカウンター席で太宰さんが不意に私を呼ぶ。背中を向けながらお菓子の研究をノートにまとめていた私は、珍しく真面目なその声に覚悟を決めて振り向いた。
「なんですか?」
「まずその不自然な敬語やめてくれる?」
グラスに入った丸い氷を指でくるくると弄びながら、表情のない声で命令される。嫌そうに目を瞑りながら長いため息を吐く彼は、まさに天使の顔した悪魔だ。
「……なに?太宰」
「……うん、そっちの方が君らしいね」
「今の私に不満でもあるの?」
「あるよ?」
反論しようにも、少し言い淀んでいる間に彼は淡々と言葉を並べていく。
さすが、女の子を口説き落とすことの出来る話術を持っているだけある。
「君、ろくに睡眠取れてないでしょ」
「……」
図星を突かれてしまった。何を隠そうあの日から……あの日から私は眠ることが怖くなった。
お菓子の研究にかこつけて、極限まで眠らなくて良いように……馬鹿みたいにずっと眠ることを避けているんだ。
おかげで余裕はなくてふとした時に彼の声が聞こえてくる始末。完全なる逆効果。
「太宰……私を口説こうとしたことはなかったよね」
突然の質問に太宰は一瞬驚いた表情を見せたけれど、すぐにポーカーフェイスを繕ってみせた。
「タイプじゃないだけー」
「嘘つき。分かってるんでしょう?」
「……まぁね」
太宰は含みのあるどこか寂しげな笑みを浮かべて俯いた。少し長い髪の毛に顔が隠れる。
「君は織田作を好きだったんでしょ」
「……そうだよ」
「あんなに一途に彼を想っていることが分かるのに、それを遮って君を口説くなんて野暮なこと、できるわけない」
「うん。知ってる」
「君は織田作を好きだった。ずっと、ずっと」
「そして……織田作も君を好きだったんだ」
一瞬、全ての感覚が失われたような気がした。意識が戻った時に一番最初に感じたのは、溢れる熱い涙の温度。
「それ、さ……」
太宰が焦りながら私に手を伸ばしてくる。その手を優しく止めて、俯いていた顔を勢いよく彼に向ける。
「もうちょっと早く、織田作の言葉で聞きたかったなぁ……!」
絶叫のような、悲鳴のような。
そんな自分の声が過去の私を解き放つような気がして。溢れる涙を拭っても拭っても受け止めきれなかった。
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さくら餅(プロフ) - 紅玉さん» 最後まで読んでいただき、ありがとうございました!無事完結させることができて心底ほっとしております。私は貴方様のコメントにギュンギュンしました!笑本当にありがとうございました!! (2021年2月7日 15時) (レス) id: 0223a8e0a3 (このIDを非表示/違反報告)
紅玉 - 完結おめでとうございます!!!!尊いのと可愛いので私はギュンギュンしまくってました!!!!(ギュンギュンとはキュンキュンの進化系です!!!!) (2021年2月7日 12時) (レス) id: 835185f078 (このIDを非表示/違反報告)
(=^・^=) - 人虎に会いたい…。 by芥川 (2020年12月1日 15時) (レス) id: b3d6820988 (このIDを非表示/違反報告)
(=^・^=) - 厳しいわ。 (2020年12月1日 14時) (レス) id: b3d6820988 (このIDを非表示/違反報告)
さくら餅(プロフ) - ☆天香☆さん» ありがとうございます!!すっごく嬉しいです!文ストはキャラクターひとりひとりが個性的で大好きなので、つい絡ませちゃいます笑コメントありがとうございました!! (2020年3月12日 21時) (レス) id: 0223a8e0a3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さくら餅 | 作成日時:2019年10月4日 16時