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 そこは、地獄だ。
 泣き叫ぶ声と、怨嗟がそこら中に粘ついていた。吐き気がする。今すぐにここから出て楽になりたいと本能は嘯いていた。


 本当は、彼女にはそう見えていただけの話。
 実際には綺麗に整頓され、病的なほどに白で統一された部屋。そこには机と椅子、そして『匣』しかなかった。


「あぅ、ぐ───」

 内臓が掻き回される感覚。恐らくここに墜ちてきたせいだ。琥珀は魔力を最大限に廻しながら、なんとかしてカラダを再生させる。
 げほ、と咳き込む。鮮血が真っ白な床を汚した。

 そうして踞る琥珀の視界に、二本の足が映った。

 顔をあげてはいけない。
 それ以上踏み込んではいけない。

 本能は嘯きなんかじゃなく、全力で警報を鳴らしていた。
 でも、なぜか顔は上に上がっていく。けふ、と肺から空気が抜けた。抗えない。


 やめろ、やめなさい、やめて。
 見るな、見るな見るな見るな見るな。

 見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな!




 けれど。
 この空間で絶対的な主導権を握っているのは、『彼女』だったのだ。






「ああ、折角綺麗にしたのに。そんな汚い血でよく汚してくれたな……まあいいか。

 よお、わたし(・・・)元気……じゃ、ないよな、どう見ても。
 今も内臓はぐちゃぐちゃで生きているのが不思議なくらい。人格はどろどろに崩壊して、まともな思考は不可能」


 足音が響く。
 琥珀はそれがどうしても、死神のものにしか聞こえなかった。


「お前は私を認識できなかった。そりゃそうだよな、だって私を殺したの、お前だもん」


 久し振りに感じる『恐怖』。
 懐かしいとも思える感情。頭が真っ白になって、口は空いたまま塞がらず、口内は砂漠のように乾き始める。


「まあ、本能的に自己を守ろうとするのはまともな生物として当たり前だ。溺れたらとりあえずもがくしね。今お前が私を見たくないのも、そしてお前が私を殺したのも、すべて『死にたくない』という本能だ」


「あ、あ────」


「ああそうだ、無理は承知なんだけどさ。できればその顔で見ないでくれ。お前だって私の顔、嫌いだろ?」



 琥珀と、そしてこの部屋と対照的な、漆黒のワンピース。
 驚く程に趣味の良い/悪い服を身に纏った彼女は、心底嫌そうに嗤った。






 ───私と同じ顔をしたそいつは、当たり前のように、そこに立っていたんだ。

第■■夜 ゴミ箱→←〃



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作者名:名無しさん | 作成日時:2019年11月3日 19時

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