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「ごめんね」
また、謝る。
嘘のように軽くなったアラジンの頭の中一杯に、疑問符ばかりが沸く。彼女の様子から察するに、例の執政とやらを実行する気はもうないようだ。それはとても喜ばしいことのはずなのに、どうしてか、厭な予感と不安だけがどろどろと這いずっていた。
「右手」
「え?」
「出して」
小さな声。琥珀は簡潔にそれだけを口にした。戸惑うアラジンだったが、「時間がないの」と琥珀に急かされ、どうしてか自然と手が彼女へと伸びた。
琥珀はアラジンの右手を取る。───取る、というよりは、ただ触れた、のほうが表現として正しかっただろう。まるで握力そのものを失ってしまったかのように、琥珀はアラジンの手を握れなかった。
「……琥珀さん?」
返事はない。琥珀はアラジンの存在を確かめるように、その右手にただ触れただけだった。
それから、繋いでいた左手がするりと解けた。これも手を解いたというより、力をなくして滑り落ちたようだった。
おぼつかない手付きで、ブレスレットの金具が外される。隅々まで手入れがなされていたが、所々限界を迎えたように錆が覗いていた。
八芒星の灯る、小さな石が揺れる。アラジンはそれを手も出さずただ見ていた。どうしてか、言葉も出てこなかった。
「……くそ、このくらい、できる、できるに、決まってるだろ……くそ、動け、よ……」
アラジンに聞こえるか聞こえないか、くらいの囁くような苛立った声。
指の感覚が段々なくなっていく。心の中でもう少し、もう少しだけ、と願っても、現実はそう甘くなかった。
アラジンの肌から自分の肌が離れないように、ブレスレットの金具を付ける。ただそれだけのことでも、今の琥珀には無理難題に等しかった。
どのくらい経っただろうか。
やがて、金具はぱちんと音を立てて閉まる。たったそれだけの動作だったというのに、その頃には琥珀は息を切らしていて、ひどく自嘲的な笑みを浮かべていた。
「はは……ほんとは、立ってるだけでもやっとだったのに、何か、無理しすぎたのかな」
ふら、と体が傾く。
アラジンが咄嗟にその体を支えようとして───琥珀はそれを制した。
寸でのところで踏ん張り、落下だけは免れたらしい。
彼女が息を整える間、アラジンは震える右手に着けられたブレスレットを見ていた。
金具がちゃりちゃりと音を立てる。
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作者名:名無しさん | 作成日時:2019年11月3日 19時