5 ページ7
『それは……』
……寂しくない、そう言えば嘘になってしまう。
私が思わず黙り込んでしまうと、一郎太は少しだけ微笑んで、ゆっくりと口を開いた。
「今度、帝国学園との練習試合があるのは聞いてるだろ？円堂が頑張って部員集めててさ、ほっとけないんだ」
『ああ、そういえば……』
"サッカーやらないか？"
クラスでも、円堂くんが文化部の子達にまでサッカー部の勧誘をしていたことを思い出す。
円堂くんは人気者で、不思議と人を惹きつける力があるというか……クラスメイトにも、助っ人を検討している子が何人かいた。
「それに円堂、本気で勝とうとしてる。あいつの熱さが俺気に入ったんだ」
『そっか。……なんか、一郎太らしいね』
……それでも、やっぱり寂しいなあ。
私だって陸上に本気なのに、なんて思ってしまう。
けれどそれを素直に言うのはなんだか気恥ずかしくて、私は代わりに一郎太の肩を控えめに小突いた。
『……ばか』
「いってぇ」
小さく声を上げた一郎太、私はベンチから立ち上がって少しだけ前に出る。
夕陽に照らされてまるでイルミネーションみたいに輝く水面を漠然と見つめながら、私はなるべく明るい声で、気丈に言った。
『まあ、これで一郎太が鈍って私に追いつけなくなっちゃったら残念だなぁ』
「A」
走り方忘れたら絶交ね……そう付け足して後ろを振り返れば、一郎太は一瞬驚いたように目を丸くする。
それから笑って、大きく頷いた。
「ああ！……こうなったら、夏の大会の時はまた雷雷軒のラーメンかけて勝負しようぜ」
『お、言ったね？』
さて、何を奢ってもらおうか……
先程までの喪失感や落胆はすっかりどこかにいって、私は呑気にそんなことを考える。
「Aこそ、サッカーに行ってた俺に負けるなよ？」
『まさか！一瞬で差つけてあげる』
夕陽のオレンジ色が私を包みこんでいく。
……ああ、たのしいなあ。
こんな時間がいつまでも続いてほしいと、この時、強く願った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 17人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：花鈴萌 | 作成日時：2024年3月24日 22時
