◇ ページ43
.
「そろそろ出よっか」
「あ、うん」
意外にも自然と花が咲いた昔話も一段落したところで玉森くんが私より先に立ち上がる。
お会計は当然のように玉森くんが済ませてくれて、地下駐車場を抜けた車は国道を緩やかに走り抜ける。
「凄いね、私なんて免許取ってから一度も運転してないよ」
「まじで？ペーパー？」
「そう、高い身分証明書になってる」
ふははっと笑った玉森くんの横顔を助手席から見つめた。
赤信号のタイミングで振り向いた彼とゆっくり目が合って、何か言おうとした瞬間に後続車からの小さなクラクションで二人同時にハッと前を向いた。
「もうせっかちだなぁ」なんて呟きながらアクセルを踏んでまた走り出した。
…どうしよう。玉森くんは何を考えてるんだろう。
鳴り止まない鼓動に今更再会してしまったことを後悔してしまう。
嫌いになって離れたわけじゃないからこそ、ケジメがついてなかった自分の恋心が再び燻り始めたことを見て見ぬふりできなくなってた。
「あ、」
「え？」
「雨だ」
急に窓ガラスを叩く大粒の水滴に玉森くんが眉を寄せてワイパーを動かす。
「結構降ってるね。傘ある？」
「もう帰るだけだから大丈夫だよ」
「そう？」
窓からは見慣れた風景が見てきて、さっき迎えに来てくれたところと同じ場所で車を停めた。
点けたハザードランプが雨で濡れたアスファルトに反射してチカチカと光った。
「じゃあ、ありがとね。今日はご馳走様」
「こちらこそ」
シートベルトを外しながらもう一度お礼を言ってドアを開けようとした瞬間に運転席から肩の辺りを掴まれた。
驚いて振り向くと私を見つめる玉森くんと目が合って思わず息を飲んだ。
「やっぱり送るよ」
「え？」
「転んだら危ないじゃん」
転ぶ？子供じゃあるまいし。
だけどそんなことは玉森くんだって分かって言ってる。
「せっかくの服も濡れちゃうでしょ？」
…分かってる。
あの頃からお互いに大人になってるからこそ、今私に託された答え次第で迎える明日がどうにだって変わるってこと。
「…じゃあ送ってよ」
「ん？」
「ロビーまで」
「ロビーまで？」
優しい顔で覗き込んでくる瞳から逃げる術を私は知らない。
彼はプロだ。
自分がどういう表情をすれば女の子が喜ぶのか絶対に知ってる。
この展開、この空気感、ロビーまででは済まないことなんて分かってたはずなのに__
ここで彼を帰す選択肢は私の中から既に消えてた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 94人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：珠美 | 作成日時：2023年4月18日 12時
