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「ちょっと濡らしてくるね」
「あぁ、うん」
慌ててキッチンへ向かうAを横目にクッションの下を覗く。
いつの間にか静かになっていたスマホを引き抜いて、改めて着信を確認した。
今手が離せない、と短いメッセージを送ったほうがいいか。
それとも仕事ということにしてAが帰った後にゆっくりかけ直せばいいか。
どちらにしても最低の選択肢が、頭の中でぐるぐると回る。
その時、さっきと同じ鈍いバイブ音が聞こえてきた。
すぐにスマホの着信だと気付いて、横倒しになったままのAのバッグに視線を向ける。
Aにはその唸る音が全く聞こえてないようで、まだキッチンでハンカチを絞っているところだった。
「A、電話…」
キッチンに向かってそう声を張り上げようとした瞬間、目を疑った。
スマホの画面に表示されてるのは知らない男の名前。
一旦鳴り止んだと思った着信の後にすぐ受信したメッセージ。
“早く会いたくてカフェにいる”
その一文に心がぎゅるっと苦しくなった。
「え、ごめん、なに？」
「いや、なんでも、」
思わず、声を引っ込めた。
今の、誰？
“会いたくて”って、何？
動揺が腹の底から急激に押し寄せてきて気持ち悪い。
さっきまで自分ことばかり考えてた頭の中が一気にAのことでぐちゃぐちゃになった。
「ほんとごめんね」
Aが戻ってきてテーブルの上を濡らしたハンカチで拭く。
薄いピンク色があっという間に薄茶色に染まって、テーブルの上は無事元通りになった。
「良かった、ちゃんと綺麗になった」
「ハンカチ汚れたでしょ？洗っとくよ」
「そんな悪いからいいよ！
こっちは落ちるかも分からないし」
そう言いながらハンカチをカバンに戻そうとしたAの視線がスマホをとらえて、一瞬曇った表情を見逃さなかった。
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作者名：珠美 | 作成日時：2023年4月18日 12時
