命がいくつあっても足りない。【赤井秀一】

▽５話___「沖矢昴」 ページ10

丁寧な運転で連れて来られたのは"工藤邸"と表札のある大きな家だった。話にもあった通りで、工藤さんに借りているらしい。
門を潜って中へ入る。隣も中々に大きい家だし、この辺りはお金持ちかなんかなのかな…？？


「どうぞ、何か飲み物持って来ますね」
『ぁ、ありがとうございます…沖矢さん』


…潜入捜査だと思え。
相手は沖矢昴という大学院生。


これはこれで割と楽しかったりするのだが、沖矢さんと呼ぶ時の嬉しそうな顔が微妙にこう…腹が立つ。
いちいち反応していてもキリが無いので、深呼吸して落ち着かせるのだけど。




『沖矢さん、か…』




良い香りがしてきたと思えばすぐに現れた沖矢昴。
目の前のテーブルに置かれた紅茶。
向かいのソファに難なく座った…沖矢さんは、にこりと笑って此方を見た。


『いただきます』と小さく口にしてから、紅茶に口付ける。甘さ控えめの紅茶。素晴らしい味な事で。



『美味しいです、沖矢さん』

「それは良かった。甘すぎるのも苦手かと思いまして…少し砂糖を控えめにしたんです」



嘘吐けぇ…。

分かってて甘さ控えめを出してきた沖矢さん。そりゃ勿論中身が赤井秀一なのだから、私が甘さ控えめなのが好きな事くらい知っていて当然だろう。

気が利きすぎる部下は、いつもお茶を持ってきてくれていたのだから。



それに対して、沖矢さんは安定の珈琲。




『沖矢さんは珈琲好き何ですか？』
「…えぇまぁ、珈琲はよく飲みますよ」
『珈琲は少し甘い方が好きです、私』
「覚えておきますね」




他愛も無い話、をしている様に見えるかもしれないがFBIを舐めないで欲しい。
無意味にこんな話している訳では無い。


沖矢昴という人間を私の中で完全に作る為に、細かい情報を覚えている。

……こうでもしないと100パーセントボロが出る。



「Aさん、読書はお好きですか？」

『まぁ…それなりには好きですよ。難しすぎるのは読む気失せますけどね』



知ってるよ。

君はシャーロキアンだったね。
あれだ、私はあの時初めて君にホームズの話を振ってはいけないと痛い程知ったよ。だから振らない。


「成る程、なら今度面白い本を紹介しますよ」


そちらから振るんじゃない。



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