【ノラガミ】妖少女は夢を見る (ページ29)

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風穴ページ29

鞭が一直線に夜ト様へ振り下ろされる。

「あいつは毘沙門天。俺が知り得る最強の武神だ。」

仲間じゃないの？、と焦った雪音くんに夜ト様は苦く顔を歪めた。

「昔、あの女と揉めた。以来あいつに命を狙われている。」

私もそんなことは知らなかった。が、あの美しい武神は遠い昔に私を祓おうとした娘だったことだけは覚えている。

「狙いは復讐だから神器ごと斬るはずだ。雪音、A、俺から離れるなよ。」

鈍く光る刀身を背中に隠して頷いた。私は夜ト様の為にも自分の身を守らなければ。うなじがびりびりと痛む。

この人に何があっても、誰が相手でも、必ず私が追い返す。

「きさまらを討つは私怨なれど、邪悪を誅するのは世のことわり。」

雪音くんの動揺がありありと分かる。これは神を相手にしている事実だけじゃない。

「(……雪音くんは戦うのを恐れている。)」

夜ト様は全てを感じ取っているらしい。ヤスみを抱えた体はぎこちなく、息が切れそうだ。

私は刀を握り直した。

「二度と神器はころさせぬ！」

"「夜トちゃんは神器を斬ったことがあるんだよ。」"

小福ちゃんがいつか言っていた事を思い出してはっとする。……そういうことか。

「A、！出てくるな！」
「っ何だお前は！其処をどけ！私はこいつに復讐しなければならないんだ！こいつの神器にも同じ痛みを知らしめなければ、」
「いいえ、いいえ。」

激しい慟哭。
私は刀で押さえていた鞭を弾き返した。美しい武人の瞳に翳りが見えたような気がする。

「……貴女に神器は斬れません。」

衝撃を受けた苦しそうな表情に私は刀を納めた。

「二人とも、喧嘩はやめなさぁーい！」

風を切って、軽やかに跳ねてくる友人の声がする。艶やかに扇子を振れば腹の中が急激に熱くなった。

「……風穴……。」

妖気が反応してざわざわと気が立ちはじめる。今毘沙門天を仕留めてしまえと囁く声がした。
そうだ、今やればこれ以上夜ト様を傷付けなくて済む。

今、今仕留めてしまえば……、

「Aちゃん、それじゃ夜トちゃんは喜ばないよ。」

細い手が私の目を隠して囁いた。力が抜けたように崩れ落ちて、自分の体を抱き締める。

「私、自我を保てていなかった……？」

「小福殿に免じて今日のところは見逃してやるが、次は必ずころしてやる。」

それ以上ヤスむなよ、と睨み付けた毘沙門天様がこちらに少し視線を寄越して姿を消す。

じわりじわりと広がるヤスみ。
狐は怯えたように顔を覆った。