Quite Talk 3

手のひら 1 (すぐ近くにいる ki) side you ページ9

今日はツイてない。

所謂『大人の事情』で本社から異動してきて最近直の上司になった人が
あまり仕事しない人で。

いや、しない訳ではない。
自分が得意な仕事しかしない人で。

そのさらに上席の上司は事情を知ってるからフォローしてくれてるけど
それにも限界があって。

私の仕事が1.5倍になった。



「……はぁ」



誰も居なくなったフロアでため息をつく。
時計は22:00を指してる。

帰ろ。



スマホを見ると宏光から『夕飯作ったぞー！』って連絡が来てる。



あぁ、作っちゃったか。

宏光が作ったなら野菜炒めか親子丼かチャーハンだな。
今日はパスタがたべたかったから
ファミレス寄るかコンビニ寄ろう、って思ったのに。

なんて、作ってくれてる宏光に絶対言えない。



『ありがとう』と『今から帰る』を送ってため息をつく。



ワンチャン、お迎えに来てくれたりしないかな。
せめて最寄り駅まで。

もう歩くのもダルい。



電車に揺られて最寄り駅まで着くけど宏光からは連絡が無く
とぼとぼ家まで歩いて玄関を開けると

「おかえりー。おつかれー」

宏光の声だけ聞こえる。



「ただいまー…」

靴を脱いでリビングに向かうとパソコンと書類を広げて何から真剣な顔の宏光が顔を上げて
私が近づくといつものキスをくれる。

「味噌汁あっためといた。野菜炒めはチンですぐあったまるだろ？」

ニコッて笑う宏光。



やっぱり野菜炒め。
仕方ない、パスタが食べたい私の気持ちなんて知らないし。

でもせめて、いまちょっとだけ抱き締めてくれないかな。

ただ、パソコンを見てた時の顔から予想するに仕事の調べものとかしてたんだろう。
目は合うけど他の事を考えてそう。



だとしたら、邪魔できない。



「うん。ありがと」

「今日、めちゃくちゃ上手く出来たぜー。自信作っ」



言う宏光の意識はパソコンで。

とてもじゃないけど、ギュッてして、なんて言えない。



「へー！楽しみっ」

「ふふっ。食ったら風呂入れよ？洗い物、俺するから」



あえて明るく言うと嬉しそうに優しいことまで言う宏光はパソコンに戻っちゃう。

仕事に集中してるなら、と思ってありがとう、を飲み込んで
温めた野菜炒めを食べると本当に美味しい。

数秒前までパスタがいいなんて思っててごめん、って心の中で宏光に謝った。



時計を見るともうすぐ日付が変わる。

明日も仕事か。
明後日は休みだけど、またずっと寝ちゃうんだろうな。

宏光にバレないようにため息をついた。

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