キャンバス (ページ18)

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続き

駅のターミナルに停まったタクシーの中で、さすがに、とマネージャーさんから手渡されたマスクで口元を覆った亮ちゃん。
キャスケットを深くかぶったわたしもだけど、変装という変装をしていない。
ひとりで歩くぶんには気にしないけど、隣にいるのは国宝だ。何があっても守らなければ。

「何かあったら吉沢さんはわたしが守りますので、」
「へえ～、守ってくれるの？」
きりっとした二重の強いまなざしでにやりと笑みを浮かべながら再度のぞき込んでくる吉沢亮にうっ…とわたしは怯んだ。

「いや、吸い込まれるからそんなに見ないで…」
もう彼との付き合いは長いけど、もともと人の目を見て話せないわたしにはこの眼力は強すぎるのだ。頭を押さえてぐいーっと突き放し距離を取る。

タクシーを降りるわたしたちのほうを向きながらにこやかに笑ったマネージャーさんは会釈をしながら軽く左手を挙げており、「国宝をお借りします」と深々お辞儀をするわたしを見て、「オオカミには気をつけろ～」と意味深な言葉を残してドアが閉まりタクシーは発進していった。

「オオカミ？」
「ったく、あいつ…A、行くよ」
右の肘をぎゅっと掴まれ、よろめきながらターミナルから歩道の端へ寄った。
このあとどこに行こうかな。うーん、と悩んでいると、わたしの腕を掴んだままだった亮ちゃんが「あっ」と口を開く。

「このまえAが百田さんと話してたお店に行きたい」

＊

「ここだと週末でも人が少ないんでしょ？」
梅田駅から少し外れた、人通りの少ないさびれたビルにある喫茶店。
カウンターと個室のような座席が設けられていて、ほんのり薄暗くて店内で流れているBGMは耳当たりのいいジャズ。

おじいさんがひとりで経営をしてるからとても静かで、稀に来るお客さんもご年配の人が多く、話しかけられるとしてもほんの挨拶程度で居心地がよい。

百田と打ち合わせをしたり台本を読みに来たり、昔から通っている大好きな喫茶店なのだ。

「マネージャーとの話なんてよく覚えてたね、亮ちゃん」
「大阪の都心部に穴場の喫茶店があるって聞いてずっと気になってて」
「人が少ないからちょうどよかったかも」
「騒ぎになるといけないからさ」
「国宝が大阪を歩いてるなんて知られたら大変なことになるもんね」
「ちがうよ、俺じゃなくてAが」
「わたし？」
「うん。…Aは大物女優だから」
「いやいや、もうぜんぜん。国宝のほうが需要ありますよ～」
「俺、かっこいい？」
「うーん、なに頼む？」
「A～～！」

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