6.「いーんちょ」 ページ7
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彼と初めて会話した水曜日。何故だかその余韻を引きずった木曜日、金曜日。どう頑張ってもその姿は見られない土曜日、日曜日。その五日間、どうしてか本に出てくる妖精さんのように可愛らしいあの男の子が頭から離れなくて、計算ドリルの内容も晩御飯の味もはっきり分からなかった。
佐野万次郎。あだ名はマイキー。どうして、『マイキー』なんだろう。アマデウスとか、ルイスとか、そういうミドルネームのようなものだろうか。みんなそう呼ぶけれど、由来は知っているんだろうか。私だけが知らないのかな。
朝は何時に起きて、夜は何時に眠るんだろう。家では何をして過ごしているんだろう。空に浮かぶおもしろい形の雲を見て、彼はなんて思うんだろう。そんな考えても仕方のないことばかりをぐるぐる考えてしまって、眠れなくて、月曜日はいつもより十五分も遅く起きてしまった。
小学校六年目にして遅刻。そんなことになるのは避けたくて、朝ごはんもそこそこに家を出る羽目になってしまった。ランドセルを揺らして走りながら、あなたのせいよ、なんて頭の中に住み着いた彼に恨み言を吐いてみるけれど、無駄なことだと首を横に振った。
始業時間の5分前、そんなギリギリの時間に下駄箱の前に駆け寄って呼吸を整えていれば、背後から何やら大人の男の人の声が飛び込んで、びくっと肩を揺らした。
「佐野お前、ちょっとは急ぐ気概を見せてみろ」
「キガイ?て何」
「あーもういいお前、早く行け」
「センセ、チャック開いてんよ」
「お前本当にムカつくな」
本の中の登場人物のような男の子。五日間、頭の中から離れなかった男の子。その人のことを考えて、寝坊して、ギリギリで登校してみれば、いとも簡単に再会することができた。ゆったりと上靴の踵を潰しながら歩く彼は、肩で粗い呼吸をしながら前髪に張り付いた汗を払い除ける私を見て、おや、といった様子で目を見開いた。
「…あ」
「あ」
「……」
「図書室の主じゃん」
「……ヌシじゃないです…」
また会えたら、どんな顔をしたらいいんだろう。水曜日が来るまでに考えなければ、そう思っていたのに、その機会が訪れるのは想像以上に早かった。
「おはよう」
「……お、おはようございます…!」
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時