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それから彼は、十歳年上のお兄さんの「シンイチロー」のことを、買い与えられたおもちゃを見せびらかすような顔で話し始めた。
喧嘩が弱くて、女の人に振られてばかりで、それでもすれ違う不良は皆「シンイチロー」の周りに集まって。最近は慣れた手つきでバイクの部品をいじる後ろ姿ばかり見つめていて。そんな音や手触りまで鮮明に伝わるような話口調に、本当にこんな話を聞いていいのだろうか、とそんな気持ちにさせられた。
「……ブラックドラゴンというのは」
「うん」
「…お兄さんの二つ名、みたいな……」
「ええ?」
「佐野くんが『マイキー』で、お兄さんが…」
「ちげえけど」
片方の眉を下げながら怪訝そうな表情をする彼を、怖く感じなくなったのはいつからだろうか。「オマエって案外アホだよな」、そんな粗暴な言葉遣いにもいつしか慣れてしまっていた。
「
「……そ、そう、なんだ…」
「二つ名て」
「…ごめんなさい……」
「ウケる」
低く変わる直前のざらついた声が吐息交じりに言葉を紡ぐ。多分、本当にウケる、と思っているんだろうと思う。呆れられているんだろうけど、つまんねーヤツ、と思われるよりは幾分かマシだった。早く話題を切り替えてしまいたくて、新たなる質問を必死に探す。しかし、先に口を開いたのは彼の方だった。
「一個下に妹がいて」
「……いもうと」
「名前、エマっての」
「えま……」
日本であまり馴染みのないその名前に、『マイキー』と同じ二つ名だろうか、と思い至る。それを口にすると、彼はまた「違う」と言葉を返した。
「エマ」は、小さい頃に佐野家に預けられた腹違いの妹であること。見知らぬ家に取り残され、泣いて寂しがっていたこと。もう「エマ」が寂しい思いをしないように、「マイキー」になったこと。「シンイチロー」の話よりもずっとずっと、目の前にいる彼の肌の温度を感じるような、そんな話に私は思わず「待って」とストップをかけてしまう。
「……いいんですか」
「え?」
「そんな話、わたし」
「何?はっきり喋れよ」
「……も、もったいない、気がして」
「空気」だったはずなのに。「空気」の私が人の深いところに立ち入るなんて、本来不自然であるはずなのに。どうして私なんかに、そう口走ると、彼はいつかのように「なんでだろう」と首を傾げた。
「わかんねーけど」
「……」
「そっちもなんか話してみれば」
「え」
「不公平とか思ってんなら」
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時