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立つことを覚えたばかりの赤ん坊のような足取りで「10がつのかしだしランキング」と油性のマッキーペンで書かれたポスターが貼られている本棚に向かえば、佐野万次郎は大人しく私の後ろをついていく。いつ彼にひと蹴りされてしまうかわからないと冷や汗をかいている私をよそに、彼の方は本棚に並んでいるものにしか関心が向かっていないようだった。人の気も知らないで、と泣き叫びたい気分だったけれど、むしろその方が好都合な気がした。
学校の中で平然と棒付きキャンディを口にしながら佇んでいるその姿に、今まで大抵のことは許されてきたのだろう、という奔放さを感じて、やはり私とは別の種類の生き物なんだと実感させられる。そんな生き物に私は「ここ、みんながすきそうなのが並んでますので」と震え声で伝え、足早にその場から逃げ出そうとする。こんな人と私が並んで歩いている異様な光景は早く取り払わなければいけないと思った。
しかし、それはかなわぬ願いだった。
「は?どこ行くの」と背後から声をかけられ、私はまだ「空気」には戻れないことを悟った。
「……ま、まだ何か…」
「お前に頼んだんだけど」
「なにを?」
「選べって」
「わ、私が……?」
「みんなが好きそうとか、そういうのわかんねーから」
ランキングのポスターに描かれた、無垢な表情を浮かべた熊とそれとなく目が合う。崖っぷちに立たされたような気分の時はどうしてこうも余裕がないのだろうか、その何も考えて無さそうな表情にどうしようもなく腹が立って、「今すぐ代わってよ」と怒鳴りつけたい気分になった。だって、どうして私なんかが、『あのマイキー』に本なんて勧めなければならないのだろうか。そんな焦燥に満ちた気持ちが先走って、思わず彼に「どうして」と声をかけてしまう。
「どうしてお前にって、そりゃ」
「……」
「……なんでだろう」
「ええ」
片眉を下げながら首を傾げる彼を前にして心底情けない声を上げてしまう。なんとなく、この会話は袋小路のように果てが無く、私が踏ん張らないと抜け出せないものなのだと悟り、視界がぐらぐらと歪む心地がした。そんな私に、彼は感情の読み取れない表情で「まあ、いいや」と呟く。
「お前、なんか色々知ってそうだし、頼りにしとく」
頼りにしとく。12年間生きてきて一度も言われたことのない言葉にたじろいだけれど、何故だがそれまで抱いていた不安が和らいでいたような気がして妙な気分だった。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時