歌姫は檻から出ない【中原中也】

足音 ページ43

身体中が痛い

全く、女を怒らせると怖いと世の中言うが本当ねと私は痛感する

特に嫉妬に満ちた女は怖い

あれから私は何度もあの女に叩かれた

だからカツカツというヒールの音が近づいただけでも身構える

私は玩具じゃないのに

貴女のストレス発散人形じゃないのに


今は夜なのだろうか

近くの窓から聞こえる音は静かで車の音も聞こえない

目隠しされてるだけでこんなにも不便になるとは…


中也に会いたいなぁ

今探してくれてるのかしら

焦って探してたらそれはそれで嬉しいかも

胸中でくすりと微笑めばどこか外が騒がしいことに気づく


『…何？』


耳を済ませてもあまり音を拾えない

なんでこんなに騒がしくなってるの？


目隠しを取りたくても拘束された腕では上手く解けず
私はこのどうしようもできない自分の愚図さに腹が立った


すると突然聞こえる銃声音

あのBARで聞いた音と同じ


『な、なんなの！？』

敵襲！？
窓が音でガタガタと揺れる

『やだ、なに？』

怖くて隅にずりずりと寄れば荒い足音が聞こえた


「近づくんじゃねぇ化け物！」


男の声が近くで聞こえたかと思えばぐっと引き寄せられる

「A！！」


『…え？』

聞きたかった声

ずっと待ち望んでいた声


中也

そう名前を呼ぼうとした瞬間にゴツリと固いものが当てられた

ガチリという鉄の音まで聞こえてくる

「お前が近づいたらこの女の頭を撃ち抜いてやる」

嗚呼、私は今頭に拳銃を当てられているのね

そして今見えないけど、目の前に中也がいるんだわ

中也が目の前にいるのに、手が伸ばせない

『中也…っ』

やっとでた小さな声に男は「煩い！」と怒鳴ってくる

名前くらい呼ばせてよ、ケチ

そんな能天気なことを頭の隅で思いながら唇を噛みしめる

「…Aを離せ」

「離してやってもいいがお前には地獄へ行ってもらおう」

『嫌！やめてよ！』

消したりなんかさせない

絶対にそれだけは嫌だ

首を横に振り『離してよ！』と少し抵抗する

今すぐにでも中也の腕の中へ行きたい

「この女…っ！」

その時だった

引っ張られる髪

「止めろ！」

中也の悲痛な声

どこか他人事に捉えた頭の中はまるでゆっくり時間が過ぎていくかのよう

でも現実で起きたことは一瞬だった


『い、た…っ！』

髪が切れていく音が小さく聞こえる

バサり

一気に頭が軽くなる感覚に、中也の怒った声が低く響く

「汝陰鬱なる汚辱の許容よ──。」



低い地鳴りと共に、男の悲鳴が重なった

届かぬ距離【中也side】→←感情【中也side】

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