【文スト】幸せ恐怖症《条野採菊》

＊ ページ29

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「先ずは……貴女を襲った犯人について」



ﾋﾟﾝｯと人差し指をたて、条野さんは話始めた。


「Aさんを此処まで送り届けた後、私は直ぐに現場へと戻りました。しかし、地面には貴女の血痕すらも残っておらず、綺麗に証拠も消えていたのです」



ここで言葉を切り、条野さんは前髪をｸﾞｼｬッと握り締め、かきあげる。


「よって、逮捕が困難となりました。一度現場を離れてしまった為、現行犯での逮捕は不可能に近いですし、相手はマフィア。下手に手を出せば、ヨコハマの均衡が崩れてしまいます」


「………あ、あの。私はあまり気にしてないので、大丈夫です」



ﾌﾞﾂﾌﾞﾂと考え始める彼の思考を遮れば、「すみません」と謝られた。

私は恐縮しきって、慌てて頭を上げるように云う。


「私なんかの為に、ヨコハマの均衡を崩すわけにはいきませんから。」



ﾆﾍﾗｯと笑って見せれば、益々条野さんが顔を顰める。


私……なんか、怒らせる様な事言っちゃったのかな。



「＿＿＿＿まぁ、良いでしょう。次は貴女の職場の状況についてです」





私はﾋｭｯと息を呑んだ。



此処に搬送されて約一週間。無断欠勤した上に、音信不通にしてしまった。

普通なら即クビの案件だ……。




「彼方の店主さんには、既に話を通してあります。仕事に関しての詳しい話は、復帰してから直接話すそうですよ。かなり取り乱されていたので、店主さんからのお説教も覚悟した方が良いかと」



悪戯っぽく微笑む条野さん。

対して私の顔は、多分真っ青だ。薫さんは普段優しい反面、怒るととんでもなく怖い。

実は一回だけ激怒していた現場に出くわした事があり、其処で決して怒らせてはいけないと心に誓ったのだ。



「念の為、軍警が出入りしているので。安全は確保してあります。そこは安心して下さい。」


「……すみません。私のせいで、大分迷惑をお掛けして…」


本当にすみません、と口にする前に。条野さんの長く細い指が、私の唇に触れる。




「私は謝罪より、感謝の方が嬉しいです」


「ッ…………！」


「まぁ、貴女限定の話ですが」



何か嫌な事でも思い浮かべたのか、心底疲れ切った顔をする条野さん。

悩みのタネが何なのかは知らないが、彼もかなりの苦労人らしい。





「最優先事項は回復です。ゆっくり休んで、ケガを治して。早く店主さんを安心させてあげなさい」



条野さんは、戸惑う私の頭を優しく撫でる。

温もりが恋しくて、無意識に彼の手に自分の頭を寄せていた。



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