結婚 ページ10
.
家に帰って、机の前に座って、
敢えて何も装飾をしていない白い便箋を選び、
私は恋に落ちたようにラブレターを書いた。
もうどんなことをそこに記したのか
忘れてしまったけれど、一文字一文字
彼女の想いを込めたことは覚えている。
大人になった現在。
度々、メルにも足を運んでくれて、
その隣には必ず彼がいた。
私が書いたラブレターで、
二人は晴れて恋人になったのだ。
その噂が巡り巡って聞きつけたお客さんに頼まれ、
この店で代筆を始めようと思えたのは、
二人から「いいじゃん」と言ってもらえたからだった。
────この春、私たちは結婚しました
いちばん素敵な約束を交わした
あの日の想いを胸に同じ道を歩んでいきます
どうか 温かい目で見守ってください
『ついに、結婚か…』
白い招待状はあの便箋によく似ている。
この薄桃色のリボンを解いた時、
ようやくキューピットの役目が終わったように感じた。
結婚式はもちろん参加することにした。
*
春からメルの定休日を日曜日だけにし、
土曜日は午後十五時まで開店することにした。
その分、収入が増えるので、生活も豊かになるだろう。
私の膝の上には幼稚園くらいの女の子が座っていて、
本棚から一冊、絵本を抜き取って読んでいる。
しっかり者でおおらかなワンちゃんと、
マイペースでやりたい放題のカエルさんが、
遠く離れた場所にいるおじいちゃんに会うために
「空の旅」をするという私も大好きなお話だ。
女の子はお母さんに頼まれて
パンを買いに来たんだけれど、
本を読み終わっても家に帰る気配はなかった。
『キュリちゃん、帰らないの?』
「もうすこしだけ!」
そう言って私の体にもたれかかった。
柔らかくて、いい匂いがして、温かくて、
自分の体が少し冷えていることに気付いた。
そこで、キュリちゃんを膝から下ろして、
厨房に向かうと、親鳥を追いかける雛のように
ちょこちょこと着いて来る。
「なに作ってるの?」
『なんだと思いますか?』
とにかく体を温めるために、
手鍋でミルクを沸かし、粉末ココアを溶いた。
キュリちゃんは子犬のようにクンクンと
空気を吸い込んでいる。
「ココアでしょ!」
『正解〜』
出来上がったココアは、
ふわんとミルクが泡立っていて、
甘い匂いが店内に広がっていく。
嬉しそうにスキップをするキュリちゃんと、
二人分のマグカップを持って厨房を出たところで、
からんからんとドアベルが鳴って
お客さんが入ってきた。
〆
215人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あんず(プロフ) - なんか憧れるパン屋さんで、すごい行きたくなりました!、 (2018年6月2日 0時) (レス) id: c19e297b48 (このIDを非表示/違反報告)
Eill Rie(プロフ) - 楽しく読ませていただきました。メルさんの小さなパン屋さん、実際にあったら行ってみたいものです^^ (2018年5月21日 12時) (レス) id: 3073d54efc (このIDを非表示/違反報告)
早苗 - 名刺とお店の絵凄く可愛いです!!こんなお店があったら毎日行きたいですw (2018年5月12日 13時) (レス) id: 9d45fbd028 (このIDを非表示/違反報告)
早苗 - とても面白い作品で大好きです。これからも応援してます! (2018年5月7日 22時) (レス) id: 9d45fbd028 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作成日時:2018年4月29日 21時