蜜色の一雫

３１ ページ31

.


「ただいま〜」


「おかえり」




その日家に帰ると旦那がいて
私がリビングに入るなり、何故かソワソワとし出すから
不穏な空気を察知した。




「…………なに？」


「うん………、いや、ご飯食べる前にちょっと話しいい？」


「いいけど………」





この雰囲気は絶対いい話じゃないな。

また誰かにお金貸すのかな。
お金貸してくれ、とかっていう催促かな。

思わず小さくため息をついてしまうほど憂鬱な気分で
旦那が座るダイニングテーブルの向かいに私も座った。





「実はさ、今の仕事辞めようと思ってて」


「へ？」





でも実際は予想の上をいく言葉が聞こえてきて
間抜けな声で返事をしてしまう。





「えっ、なんか新しい仕事決まったの？」




もしかしてやっといい給料の所に転職してくれるんじゃないか。

っていう期待から
少しだけ声のトーンも上がってしまう。





「うん……、ていうか店をやろうと思ってて」





でも返ってきたその言葉は
全然いいものではなかった。

むしろ、





「地元に戻って店をやろうと思ってる。
だから今の仕事もやめて、また一から始めたいんだ。
Aもついてきてくれるよね？」





耳を疑いたくなるような現実だった。





「えっ、ちょっと待って、冗談だよね？」


「冗談でこんなこと言わないよ。
今日会社にも、今月いっぱいで辞めるって言ってきたし」


「えっ………」


「Aも早めに辞めれる？
もし引き継ぎとかで間に合わなそうなら、俺先にあっちに行ってるからさ」


「待って待って、勝手に決めないでよっ」


「え？だってついてきてくれるでしょ？」





当たり前のようにそう言われて
私はもう言葉が出なかった。






「お金はさ、友達も一緒にやってくれるから半分ずつでいいし
貯金で足りると思うから」





その貯金だって
私が一生懸命働いて、2人の将来の貯めてるお金じゃん……。

そう思うのに言葉が出なくて
ただただ新しいことを始めるのに目を輝かせてる旦那を見つめることしか出来なかった。

３２→←３０

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す