蜜色の一雫

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「俺はさ、井上さんの痛みとか苦しみとか辛さとかも
全部俺にも分けて欲しいって思う」


「分ける……？」


「ひとりで抱え込むよりも
誰かに聞いてもらうだけで違うでしょ？」






決してこっちは見ずに
目線は私たちの手元。


でも、やっぱり気付いてるんだ。

私が悩んでること、言えないこと
抱えてること。






「でも………、言ったって………、」






どうにもならないんだもん。




どんどん冷えていく指先と比例するように
堪えきれなかった涙が頬をつたうのが分かった。

それに気付いた北山さんがようやく手を離してくれて
その冷えた指先で私の頬に触れる。







「辛いよな、頑張ってるもんな。」





"頑張ってる"なんて自覚すらなかったのに
この人にこうして言われるだけでダメになる。






「………っ、私は別にバイトを掛け持ちするのだって自分の意思だったし………っ、
でも…………、でも……………っ」







北山さんの親指が優しく撫でるように頬を行き来するから
それが心地よくて、溢れ出る本音。







「いつか……、いつかちゃんとした仕事に就いてくれるって信じてたのに………、
地元に帰って店やるだなんて…っ、
もう………、さすがについていけない………っ」







ずっと我慢してたものがとめどなく流れて
もう自分の意思では止められなくなってた。

それを拭ってくれながら、優しく頷いてくれて







「……そっか、旦那が店やるって？」


「うん………、でもそんなの成功するか分かんないしっ
何より勝手に決めないでほしかった………」






夫婦なはずなのに勝手に決められて
私はそれに従うしかないのかな、って。

なんだか急に
自分の人生がなんなのか分からなくなってきちゃって
誰のために、なんのために毎日頑張ってたんだろう。







「ちゃんとそれ、旦那に言うべきじゃない？」


「旦那に……？」


「そう。
Aの人生は旦那のものじゃない。
いくら結婚して生涯を共にする約束をしたって
Aが我慢してまで一緒にいるべきではないと思う。」






久しぶりに旦那以外に名前を呼ばれた。

なんて、この状況でもその事実にドキドキしながら
その言葉がずっと苦しかった心に染みて
ますます涙が止まらなくなった。

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