PM20:15 小説/恋愛(8) ページ24
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「北山さん、今日は本当にありがとうございました。それじゃ、近いうちにまた来ます」
「こちらこそ、ありがとうございました。ご来店お待ちしてますね」
帰り際に小さく手を振ってくれた藤ヶ谷さんにつられて、俺も控えめに手を振り返した。
とにかく最後までスマートな人だったな…。
藤ヶ谷さんが去っていった店頭には、彼が纏っていた甘い香りと、どこかふわふわした気持ちの俺が残されて、なんだか少し寂しくなる。
お客さんが帰っていく後ろ姿を見送って、こんな気持ちになるのは初めてだ。
そんな俺の戸惑いに、安井くんがさらに追い討ちをかける。
「北山さん、あの人と知り合いだったんですか?」
「え?いや、全然…今日初めて話したよ。安井くんこそ、藤ヶ谷さんのこと知ってるの?」
「知ってるっていうか、一方的に覚えてました。あの人、いつも北山さんのこと見てたんで」
「えっ!?そうなの!?」
「はい。毎回すごい熱視線で、話しかけたそうにしてましたけど…やっぱ気付いてなかったんですね」
安井くんは少し呆れたように、北山さん鈍感ですもんね、と真顔で毒を吐いて、さっさと自分の仕事に戻っていった。
一方、今度こそ一人残された俺は、安井くんから告げられた衝撃の事実を、頭の中で処理しきれずにいる。
…スマートな人だと思ったのに、全然違うんじゃん。
話しかけたそうに俺を見つめる藤ヶ谷さんを想像したら、なんだか胸の奥がきゅっと熱くなった。
俺、次にどんな顔してあの人に会えばいいの?
藤ヶ谷さんの顔を見た瞬間に赤面する自分が、容易に想像できてしまうのが怖い。
「こんな展開、俺の知ってる小説にはなかったよ…」
俺が今まで読んできた数多の恋愛小説と似ているようで、でも決定的に違うストーリーの予感。
藤ヶ谷さんとなら、もしかしたらその先を見られるのかもしれない。
それは知的好奇心のようで、それとは少し違う、微かに色付き始めた感情だった。
まだ何も始まっていないのに、この物語のカテゴリーを無意識で「恋愛」に分類した自分にはまだ気付かないふりをして、俺はポケットにしまった名刺をそっと取り出す。
藤ヶ谷 太輔さん。
俺はきっと、これからあなたに……―――。
《with F story___fin.》
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作者名:いちはら | 作成日時:2015年12月20日 19時