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来訪を告げる ページ4

「やぁ、今日も無事会えたね」

「……ええ、おはようございます」

目の前で柔らかい笑顔を見せる『仕立て人』。
相変わらずこちらの毒気すべてを抜くような、ふにゃふにゃした雰囲気だ。

「今日は新作の生地を使ってみたよ。ほら、手触りがとてもよくてね、色もいい」

「ああ、本当ですね」

差し出されたショールは、確かにすべらかだった。
ちょっとだけひんやりとして、しっとりした感触。
彼の言う通り、柔らかな新芽のような色も素晴らしい。

これならきっと、今日の公演も『歌姫』は舞台上でよく見栄えがするだろう。
彼の『仕立て人』としての腕が間違いないお蔭で、私は今日も生きていられる。
残り102日を、心地の良い気持ちで。

「あなたの目の確かさに感謝を。ありがとうござ……」

お礼を言葉を口にしようとした、その時だった。
街全体を震わせる警報音が、空気を切り裂いたのは。

「っ、この音は」

それは、招かれざる者たちの来訪を告げる。
この世界の安穏を、平和を、決して享受しようとしない者たち。
役割を与えられなかったのか、与えられてなお弾かれたのか、わからないけれど。
彼らはここの理から外れているのだ、既に。

「ああ、彼らが来たようだね」

そう呟いて、『仕立て人』は微笑んだ。
警報音の鋭さに、告げられた来訪者の存在に、言い知れぬ不安を覚えた私とはまるで正反対に。
待っていたとでもいうように、気を許した知己を歓迎するかのように。
ほんわり笑ってみせた。

「――『モータルランド』の住人が来た」

「なに、を……」

何故、彼はひとつも動揺していないのだろう。

「し、死ななかった人たちでしょう…?」

「そうだね」

遠く、怒号が聞こえる。劇場内にいくつもの足音がなだれ込んできた。
控室に、近づいてきている。

「罪人だわ。『役割』がなくなったことから、逃げたのでしょう」

「うん、そういうことだ」

恐ろしい予感に震える私の肩に、慣れた手つきで『仕立て人』がショールを羽織らせる。
ドレープの形を整え、一歩離れて仕上がりを確認して。
やるべき仕事をやり終えたとでもいうように、満足そうに頷いた。

そんな彼の背後で、激しい音と共に控室の扉が開かれる。
騒音の中で、それでも彼の囁くような声は耳に届いた。

「俺もね、もう『仕立て人』じゃないんだよ」

本当は昨日死んでいたはずなんだ、と。
何者でもなかった彼は、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。

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作者名:満月もなか | 作成日時:2017年7月24日 17時

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