絵に描いたような理想 ページ3
「ただいま戻りました」
そう言って、屋敷の扉を開ける。
入り口傍に控えていた執事長が頭を下げるので、持っていた荷物を渡した。
いつもならこのタイミングでお母さまが出迎えてくださるはずなのだけれど……。
ちょっとだけ疑問に思い、ああ、そういえばとすぐに納得した。
今は『お母さま』はいないのだったわ。
明日にならなければ、次の人が来ない。
「お父さまは? 今日も帰りは遅いの?」
「そのようでございます。お帰りはお嬢様がお休みになった後になるかと」
「そう……」
では今日も夕食は一人で摂るしかない。
『家族』が揃っていたからって楽しいものでもないけれど、でも、ひとりぽっちの食事よりかはよほど……会話があるだけでも充分なのに。
まぁ、いらっしゃらないものを嘆いても仕方ないわね。
頭で感情を抑え、ふぅと一つ息を吐く。
なんだか今日は疲れたような気がする。
いつもと同じ毎日だったはずなのに……。
そう考え、いつもと違う部分があったことにふと気が付いた。
「また明日、ね……」
「どうかされましたか、お嬢様」
「――なんでもないわ。夕食を摂ります。用意して頂戴」
「かしこまりました」
一礼して下がっていく執事長を見送る。
きっとすぐに夕食は用意され、給仕と共に無言で食べるだけの時間を過ごす。
広い屋敷だ。暮らしぶりに不自由なんて何ひとつない。
お父さまもお母さまも必ず立派な人で。
多くの使用人たちも、手厚い福利で雇っている。
まさに『絵に描いたように』理想的。
それがこの家であったし、――そして、他の大多数の家もそうであるのだ。
そういう『調整』を受けて、この世界は存続している。
理由を考えるのは、私の役割ではなかった。
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作者名:満月もなか | 作成日時:2017年7月24日 17時