吸血姫は桜の木の下に舞う

第39話「彼女の生きる意味とは」 ページ41

忌々しい記憶が蓮華の脳裏に蘇る。
ふと隣を見ると敦も嫌な記憶を思い出したのか、顔が真っ青だ。



「自分でも薄々気がついているのだろう？」



自分に向けられた言葉でない。
だが蓮華は恐怖と同時に怒りを覚えた。



「『羅生門』」



芥川の外套が禍々しい黒の獣に変わっていく。
ゆらりと揺れる獣は真っ直ぐに敦の横を通り過ぎた。
羅生門が通った地面は大きく抉れていた。



「僕の『羅生門』は悪食。凡るモノを喰らう。
抵抗するなら次は脚だ」



あんなのをまともにくらえば最悪死んでしまう。
蓮華は覚悟を決めた様に拳を握り締めた。



『………やるしかない』



怖いと云えば嘘になる。
だが今こそ立ち上がるべきだ。でなければ一生後悔する。
守る為に，人である事を忘れろ。



「！」

「蓮華ちゃん……？」



敦の前に蓮華が立ち塞がる。
懐からナイフを取り出してそれを構えた。



「時間を稼ぎます。敦はその隙に谷崎さんを連れて逃げて下さい」

「な、何云ってるんだよ！それじゃあ蓮華ちゃんは……」

「大丈夫。死ぬ心算なんて無いから」



人として生きると決めた。こんな所で生を諦めたりしない。
彼女の目の前では羅生門が蠢いた。



「……貴様、異能者か？」

「いえ」

「異能すら持たないただの小娘が僕に敵うとでも？」

「確かにそうですね。ですが………」



蓮華の瞳が血のように真っ赤に染まる。
彼女の纏う空気が一瞬にして変わった。



「先入観で敵を判断するのは莫迦のやる事やで，禍狗」



羅生門が蓮華に襲い掛かる。
同時に駆け出した彼女は身体を捻って羅生門を避けると、芥川の首を掴んだ。



「ッ！」



芥川の顔が一瞬歪んだ。
何故なら彼の喉元に傷が出来たからだ。
それは蓮華がナイフで付けた傷だった。



「がッ……」



だが直ぐに羅生門が彼女を拘束する。
巻きついた羅生門が彼女の首を締め上げる



「目視出来ないほどの素早い動きは中々だが………
所詮は愚者の蛮勇」

「ぐッ………がッ………」

「そして貴様も人虎の巻き添えとなる」



蓮華の身体が壁に叩きつけられた。
頭を強く打った所為で上手く起き上がれない。



『やっぱり無理なんか………』



遠くで敦が自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
どうやってしても誰も救えない自分の無力さに乾いた笑みを浮かべる。



『くそ………』



自身に絶望し、起き上がる気力も無くなってしまった。
そのまま彼女は目を閉じた。

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