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◇
学内でもあまり人が寄り付くことのない裏庭。
ここにある手入れなされない木々たちはまるで森林の如しだ。
「や、こんにちは」
「…お前か」
相手の目は“また来たのか”と言っている。
彼はそうして文庫本を読みながら背にある大きな大木に身を預けていた。
私たちは入学式で会った時以来、別に意図しているわけでなく、互いに気の向くままにここに訪れるようになっていた。
私は遠慮せず彼のそばに腰を下ろした。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね」
「……」
「君の名前を聞いていなかったね」
大事なことなので二回言った。
すると、彼は僅かにこちらに視線をずらした。
「芥川」
「へぇ、私は立花だよ」
「……」
「じゃあ芥川、ここに来ない日って何してるの?」
「呼び捨てか」
「ちゃん付けがいい?」
「……」
嫌らしい。まぁ分かっていたけれど。
「僕がここに来ない日などお前に関係ない」
「でも私が気になる」
「お前こそ来ない日があるだろう」
「私はバイトがあるから。で、そちらは?」
「……」
どうやら答える気はなさそうだ。
あまり気の知れた中ではない私にはプライベートを気軽に話す気になれないのだろうか。
「というか芥川ってウチのクラスの生徒だよね。いつも空席だけど」
そう、このいつも文庫本を片手にしている青年、もとい芥川という男。
薄々気づいてはいたが名前を聞いて確信した。やはり彼は自分と同じクラスの生徒であったのだ。
「なんでいつも学校には来て教室には来ないの?」
「……」
「おーい」
そういう個人の事情が絡んできそうなことは話してくれないようだ。
すると、どこから携帯の着信音が鳴った。
「……ああ」
どうやら芥川の携帯にかかってきた電話だったらしい。
「あゝ、分かった」
そう言って彼は通話を切った。
そして伏せていた文庫本を鞄にしまって立ち上がった。
「帰るの?」
「あゝ」
実はこういった別れは毎回なのである。彼が携帯にかかった電話に出た後直ぐにここを去る。
実に気になる。誰からの電話なのだろう。
前にそれを聞いたらきっぱりと「お前には関係ない」と言われてしまった。
少しはここで会って話す者としてのよしみでもないかと思ったがそんな期待はあっさりなくなった。
「誰かと待ち合わせ?彼女?」
「お前には関係ない」
ほらやっぱり。
そしてそのまま去る彼の後ろ姿を見送った後、私も興が冷めたようにそこを去った。
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作者名:ユーリ | 作者ホームページ:設定しないでください
作成日時:2021年6月19日 19時