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( ……今日は、満月だ )
庄左ヱ門と伊助に勉強を教え、なんとか二人を日の暮れる前に部屋へ帰した甲斐丸は、その調子で自分の宿題をも終わらせると、外の空気を吸いに長屋に沿って少し散歩をしていた。
梔子色の月を見つめれば、甲斐丸は自分もじっとりと見つめられている気がして、どうしてか落ち着かずすぐに目を逸らしてしまった。
庭の隅を、縫うようにして歩いていく。 まあともあれ、はらはらと髪を靡かせる今日の夜風は気持ちが良いと甲斐丸は思っていた。
その時、長屋の曲がり角からざく、ざく、と土を掘り返す音が鼓膜に入り込んだ。 甲斐丸は気配を確認するまでもなく、頭の中に見知った人物を思い浮かべる。 その人物はとぼけた顔でピースをつくっていた。
「綾部」
穴に近づいてしゃがみこむと、中を覗き込みながら甲斐丸は後輩の名前を呼んだ。
それに、四年い組の作法委員、綾部喜八郎は穴を掘る手を止めると、おや、と甲斐丸を見上げた。 想像通りの飄々とした表情である。 ただ、泥まみれだった。
「白谷先輩じゃありませんか。 ちょうどいいところに。 どうですか、制作中のトシちゃん27号です」
喜八郎はどこか嬉々とした様子で甲斐丸にそう尋ねた。 喜八郎はこうやって、よく落とし穴の出来を甲斐丸に訊く。
甲斐丸自身は別にそれ自体に嫌悪感はないが、自分に聞いても意味はあるのだろうか、と常思っているのだった。
穴の側面や底をじっと見つめる。 暗くて分かりずらいが、甲斐丸は瞳をきゅっと細めるようにしてどうにか細部まで見ようとしていた。
「……まあ綺麗だが、どうした、今日は悪いことでもあったか？」
甲斐丸がそう告げると、喜八郎は軽く瞳を見開いた。
「僕が言うのもなんですが、よく分かりますね」
「いつものことだろう」
喜八郎が甲斐丸の鋭さに驚いていると、甲斐丸は不思議そうに首をかしげながら、さぞ当たり前にそう返した。
( まあ、そうだけどさ )
喜べばいいのか、鋭さと鈍さの差に落胆すればいいのか、喜八郎には分からなかった。 だから一言、そうですね、とだけ返したのだった。
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作者名：星月夜 | 作成日時：2019年2月3日 19時
