＊ ページ11
「白谷先輩！」
日の傾いてきた頃、ようやく弓道場へと辿り着いたAは、かけを指にはめた瞬間自分を呼ぶ声にふと振り返る。
「庄左ヱ門と、伊助」
息を切らしながら甲斐丸の目の前へと駆けてきたのは、一年は組の学級委員長、つまりは甲斐丸の委員会の後輩である黒木庄左ヱ門と、同じく火薬委員会で庄左ヱ門と同室の二郭伊助であった。
どうした、と甲斐丸は片膝をついてしゃがみこんだ。
庄左ヱ門は、少し申し訳なさそうに眉尻を下げて言う。
「宿題でどうしても分からない問題があって…… あ、稽古中でしたか？」
「大丈夫、たった今終わったところだ」
甲斐丸はそう言いながら、今しがた装着したばかりのかけを指から抜き取って見せる。 その様子に、よかった、と庄左ヱ門と伊助は顔色を明るくさせた。
なんの教科？ と甲斐丸はかけを懐に仕舞いながら訊く。 伊助が、計算です、と答えた。
「そうか。 そろそろ日も暮れるからわたしの部屋で教えよう。 少し散らかっているが、大丈夫か、伊助」
「えっ、も、もちろんです！ ていうかいいんですか！」
「いいよ」
「ありがとうございます！」
二人に当たらないよう弓を持つと、甲斐丸は二人を先導した。
庄左ヱ門は伊助に、「ね、優しいって言ったでしょう」と耳元でこっそり囁いていた。 うん、と伊助はその言葉に同調する。
「伊助は、火薬委員会だったな」
「あっ、はい！ そうです」
「もう慣れたか」
突然振られた話に、伊助はぴんと背筋を伸ばした。 庄左ヱ門と伊助、つまり今の一年生が入学して早一ヶ月。 今まであまり直接話をする機会のなかったため、甲斐丸はなんとなく会話をしようとそう尋ねた。
「な、なんとなくは……」伊助はそう答えながら頬をかく。 でも、と付け加えるように続ける。
「先輩方は、たまに意地悪もされますけど、いい方ばかりで楽しいです」
その言葉に甲斐丸は、そうか、とだけ返した。
( ……あ、先輩、ちょっとうれしそう、かも？ )
その無感情そうで平坦な口調に、庄左ヱ門だけはそろそろ、甲斐丸のほんとうの心情を見出していたのだった。
「今日、委員会はどうだったのだ」
「今日はお休みでした。 久々知先輩が実習で居られなかったので……」
「そうか」
「ぼく達と一緒ですね」
そうだな。 頷きながら振り返った甲斐丸の眸子が、二人に向けられる。
ああ、と伊助は思わず感嘆の息を吐きそうになった。
(……白谷先輩の瞳って、こんなに綺麗な色してたんだ)
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 11人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：星月夜 | 作成日時：2019年2月3日 19時
