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そういう感覚に頭が真っ白になっていた私を現実に引き戻したのは、横合いから聞こえてきた屋台の店主の呼び込みでした。そこの色男と別嬪さん、祭りのお供にお面はどうだい、と。声がした方に顔を向けますと、そこにあった屋台の軒下には、お狐様を模した面がずらりと掛けられておりました。つけるつけないは自由だが、これは昔からの伝統のものなんだと、店主は得意げに語ります。あの方は立板に水の商売語りに少しうんざりしている様子でしたが、私は面を買うことに決めました。もちろん、祭りの伝統だというそれに興味があるというのも理由のひとつでしたが、一番の理由はおそらく真っ赤である自分の顔を隠してしまうのにちょうど良さそうだと思ったためです。とはいえ、店主に渡してもらった面をさっそく顔につけたのはいいものの、結局危ないからという理由であの方の手によって面は頭の上につけなおさせられてしまったのですが。
催事場に入ってすぐからそんな大変な出来事がありましたが、それでもまだ祭りにやって来たばかり。屋台も面の店だけではありません。買った狐の面は頭の右側に、そして左手をあの方に引かれて、私は催事場の奥に奥に進んでいきます。くじ引きだとか、料理の売っている屋台だとか、そういう店をたまに冷やかしたりしながら、私たちは赤や橙の提灯に照らされる中を歩いていきました。催事場の一番奥が花火がいっとう綺麗に見えるということで、あの方は一心にそこを目指していました。折角この会場に来たのだから、一番良い思い出にしたいだろうと、私に気を遣ってくださったのです。あの方はどんどん増える人の波をかき分けるように進んでいき、私はその後ろついていきました。そんな中で、私は向かいからやってきた人にどん、とぶつかってしまって小さくよろめきます。するりとこぼれていく水のように、あっさりとあの方と繋いでいた手はほどけてしまいました。あまりにも激しい人の波は、あっという間にあの方と私を引き離してしまいました。緩やかな坂道を登ったり下ったりする人の流れに、私は完全に飲み込まれてしまったのです。気がついた時には人波から投げ出されてすっかりひとりきり。ぽつねん、と祭りの隅の隅に取り残されておりました。
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作者名：鳴草 | 作成日時：2022年5月6日 1時
