超人ちゃんと凡人ちゃん

水も滴る私たち（中） ページ5

「東堂も脱いだら、ベスト」
「そうだな、」

ふわりと香る、彼女の匂い。ほんのりと甘くて、いい匂い。
どこまでも完璧でムカつくから、ベストを脱ぐ無防備な脇腹を突っついてやった。

「隙あり！」
「ぅあ……っ！？」

何今の。どこから聞こえた。
ベストから抜け出した東堂の真っ赤な顔が私を睨みつける。

「うわ、」
「何だその目は……」
「東堂もそんな可愛い声出すんだ」
「なっ……う、うるさい！」

上擦った声が、また私のいたずら心を刺激する。
が、二度目は叶わなかった。何故なら手首を掴まれてしまったから。

「仕掛けてきたということは、反撃してもよいということだな」
「いやぁ……それはどうかなぁ」
「問答無用！ 名字の意見は聞いていないということさ」
「え、ちょ、やめ」

封じられた両手を取り戻そうと、もがいてみてもびくともしない。相手は片手しか使っていないというのに。
東堂がニヤリと笑う。

「それっ、ここはどうだ！？」
「……あっ、いひっ、や、」
「ほらほらいつもの威勢はどうした？」
「いひゃひゃひゃっ！ も、やぁ……っ」

反射的にばたついた脚が飛沫を上げる。透明なビー玉みたいなそれは、髪も制服も濡らす。
そんなことはお構い無しに、東堂は子供みたいにはしゃいだ。
腋の下から脇腹を一頻りもてあそばれた末、私の身体は逃げ道に水中を選んだ。

「ひぎゃーーーっ！？」
「名字！」

一際大きな飛沫をあげて、私はプールにダイブした。急速に冷やされる体温が気持ちいい。
東堂の私を呼ぶ声がとても遠くで聞こえて、不思議な気分だった。
ゆっくりと身体が浮いていく。

「やり過ぎた、大丈夫か？」

私が地上に顔を出して最初に見たのは、東堂の顔だった。
差し出された手を素直に、

「掴むとでも思ったかこのヤロー！」
「しまっ……」

両手で握った東堂の手を、全力全身で水中へと引き込む。気分はそう、濡女。
そうしてもう一度、スプラッシュマウンペンヨロシク、大きな飛沫が上がる。
驚いた東堂の顔が面白くて笑ったら、鼻に大量の水が入った。ちくしょうめ。

「ウェッヘ、エホッ……はぁ、はぁ、」
「自業自得だな」
「ふふふ、参ったか！」
「バカ者！ ふたりともびしょぬれになってどうする！」
「帰ってるうちに乾くよ」
「風邪をひくぞ」
「東堂もひくんだ？」
「お前だよ」

呆れた顔の東堂が、私の髪をかきあげる。おでこが丸見えになるのは少し恥ずかしい。すっきりと開けた視界で、水に濡れた東堂を見詰めていた。

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