王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

手の平合わせて ページ9

春菜はようやく笑いが収まってきたらしく、眼鏡をずらして目尻を軽く拭っている。実際見てみると笑いすぎて泣くって不思議だな、と思いつつ見守った。


無事に落ち着きを取り戻した様子の彼女が、ふうっと溜め息をつく。美味しそうな料理の数々が乗ったワゴンが運ばれてきたのは、その直後だった。


「お待たせ致しました。本日の前菜、鶏とピスタチオのテリーヌで御座います」


袴田さんを先頭にあと二人、恐らくお手伝いさんであろう女性たちが料理を卓上に並べていく。


鶏挽き肉の中には緑のピスタチオがたっぷり入っており、周りに飾られている小さなトマトやソースも相まって目にも楽しい。


テリーヌを作るのは意外に簡単なんだって話は聞いた事があるけれど、このデザインの感性は容易に培われるものではないだろう。


それに、ここでフランス料理を出す所からして相当の自信が窺(うかが)える。


何と言ってもここには春菜がいる。普段食べ慣れていないであろう物の美味しさを理解するには、当然作り手の力量こそが問われるのだ。


それにピスタチオって好き嫌い分かれるし、色々と大丈夫なのだろうか＿＿まあ、そんな心配を杞憂に変えてくれるのが袴田さんなのだけど。


カトラリーやらナフキンやらが並べ終えられ、いよいよ実食の時がやってきた。何だろう、謎の緊張感が張り詰めている。


鬼道は微かに唸りながらブツブツ言ってるし、春菜は目をぱちぱちさせながら料理を凝視しているのだ。ここは料理の値段を予想して競う某番組会場では無かったはずだが。ピタリ賞とか出ちゃったりしてな。


とまぁ、そんな下らないツッコミは置いといて。女性二人が部屋を出ていき、残った袴田さんは食べるのを促すようにこちらを見ている。


そして鬼道がナイフとフォークを手に取ったのを皮切りに＿＿春菜が慌てて“いただきます”、と言った。


あっ。うん、挨拶って大事だよね。しかもお兄さんが言ってないのにちゃんと言ったんだもんね。良いんだよソレで、お利口さんだ春菜は。


そして妹の礼儀正しさに気付いたらしき兄、更に慌てて両手を合わせる。それを見た妹にニッコリ微笑まれ、かなり気恥ずかしそうだ。


更に更にそれを目撃した袴田さん、とってもホンワカしているご様子。いよいよ孫を見るおじーちゃんだ。


そんな三人がかもし出すホワホワした空気に笑みを漏らしつつ、私もきちんと手を合わせて“いただきます”を言う。


きっとこれからの食事は美味しさが倍増するんだろうな、なんて思ったのであった。

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