素直になる薬

4 F ページ4

楽屋でせっせと帰る準備をしているところだった。
衣装から私服へと着替え終わって、準備されていた麦茶に手を伸ばしたところで、北山と宮が話しながら戻ってきた。


だいぶ遅かったな。
後ろに居ると思っていた二人は、中々戻ってこなかった。
またスタッフさんと話し込んでしまったのかもしれないと思ったが、こんな事ばかり気にしていたらキリがない。


喉を潤すことで切り替えていたころで、二人は戻ってきた。



そして、立ったまま麦茶を呷る俺に向く視線に気付いた。
ちょっと下あたりから。
この角度は彼しかいない。


その角度で分かってしまう。
きっと長年連れ添った熟年夫婦並に、わかってしまう。



普段交わることのない俺ら。
関わることのない俺ら。


ペットボトルから口を離してが視線を落とす。
ちょんと髪が何本も立っている。最近はよくカラーを変更しているが、傷みさえ分からないサラサラな髪。



「何？」


見上げたまま無言の北山に、こっちから訊ねる。何でもっと優しく、せめて普通に聞けないのだろう。「どうした？」って優しく言えばいいだけなのに。宮みたいに。
ただでさえ、冷たいと称されてしまうような声質なのに。潤した喉も全く意味がないような、乾いた声だった。



「藤ヶ谷ってマジでかっこいいよね。すげえ綺麗な顔してる」



いつも通り自分の言葉に反省していたところで、聞こえてきた言葉に思考回路が停止した。
北山も目を見開いている。


そう言われたことはメディアの前ではなくはなかった。
そりゃもう何十年もの付き合いだ。
北山に褒められたことだって、ある。


でもこんな風に楽屋で……プライベートではない。


言葉がすぐに出なかった。
でも、長年の芸能界という場所に居た俺は、瞬時に理解した。


これは、間違いなくドッキリだ、と。


北山は仕掛け人なのだ。
素直になる薬を飲んだ後に、楽屋でメンバーに素直になったら、どうなるか！などあのTBSの番組のような企画なんだ。
素直になった時のこの言葉は、北山の本心ではないだろう。構成されたものだ。北山は台本通りに演じてるに過ぎない。


どこかに隠しカメラがあるに違いない。
変に動揺して照れてしまえば、画面を通してファンの子にはきっと俺の気持ちが悟られてしまう。


#藤ヶ谷喜んでた


とかハッシュタグでバズるだろう。



「あ、どーも。」


もう、クールに振る舞うしかないのだ。
俺は、北山のことなど興味ない藤ヶ谷 太輔を演じなければならないのだから。

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