うちのマネージャーは、仕事ができる。【後編】

58 F ページ8

洗面所の扉を開けると、廊下や奥の扉ガラスは真っ暗だった。リビングには灯りが点っていないんだということ。


眠ってしまったのだろうか……


そんな湧き上がる動揺と落胆。
恐る恐る、他のドア、寝室のドアをゆっくり開ける。



中は暗かった。
しかし、ベッド脇の間接照明はオレンジ色の温かみがある光を放っていた。



北山は、寝具に入り、凭れて座っていた。
手には、あの台本を持っている。
玉の本読みに付き合うつもりなんだろう。
台本の表紙も、オレンジだった。



俺といる時は、他の奴のことなど考えてほしくない。
例え、それが仕事のことでも。



「ふじが」


そんなふつふつと湧き上がる嫉妬心を抑える気などない俺は、北山に近寄ると、ベッドに腰掛けて、そのまま後頭部へと手を回し、引き寄せていた。


北山の顔に自分の顔を近づけ、抱きしめる腕に力がこもる。


キスがしたい──……
柔らかそうな唇を塞ぎたい。


だけど、唇ではなく、反射的に閉じた瞼の上に触れた。


北山が、反射的に見せた抵抗。
その姿を目にしてまでも強引には奪えなかった。


どんなに欲 情しても、俺にはまだ理性がある。
例えガウンを押し上げていても。



「……ふじがや？」


それ以上、何もしてこないことに疑問に思ったのか、北山の焦茶色の瞳が徐々に姿を現せた。
オレンジ色の光が反射して、中央がより揺らいで見える。



寝間着の釦が留められていた。
襟元は、二つほど留められていなかったが。
これは、計算なのか。
天然なのか。


襟元が開いて肌が覗いている。
自分と同じ褐色。だけど、暗闇で照らされるそれは白く見え透明感も増していて、吸い付きたくなる衝動にかられる。


俺の視線に気付いたのか、北山は気まづそうに襟を引きあわせた。



「釦…留めたんだ？」
「……やっぱりぺったんこなのは萎えるかと思って」


綺麗だと言ってもお前の心には届かないのか。



「俺は、北山を女の子の代わりにしたいわけじゃないよ」



北山だから、こうしたい。
何でそんな簡単な言葉が言えないんだろう。



遠回しに、伝えて。
逃げ道をつくってしまう。



押し上げてる中心部分を隠すように、寝具を被せて



「キスだけさせて」



全てを壊してしまうのは、やっぱり結局怖いんだ。


「それだけでいいの？」
「充分だよ」


俺の言葉に北山は瞼を閉じて、こくりと小さく頷いた。


頬を左手で包みこみ、間近にある美貌に目を奪われつつも吐息があたる距離へと落とした。

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