今夜君が欲しい【前編】

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「おまえ、最近笑えてないぞ？」


上司から言われたその一言が刃となりギリギリだった心を切り裂いた。
自分では、無理をすれば笑えていると信じていた。
録画したOAだって、きちんと笑っていた。


でもそんな貼り付けたような笑顔では、上司には通用しなかったみたいで、約1時間…説教を受けた。



ちょうどその日の夜、可愛がって貰ってる会社の役員のひとりと呑みに行く約束をしていた。



この役員とは、歳はふた回り以上違うけど、趣味が一緒で、よくフェスに行ったりもしている仲だった。



役員だけど、部署は違うから、どちらかと言うと『先輩』のような人でよく仕事の事とかも相談に乗って貰っていたりしていた。



上司に注意されたこと、自分でも笑えない自分が嫌になり…疲れも伴ってか自暴自棄に入りそうな気がして怖い事も打ち明けた。



その理由も。


そしたら、上司は無言でバーカウンターの上にある透明色のカクテルが入ったグラスを持ち上げ、ずらした。



そして、その下に敷いてあったコースターの裏に、胸ポケットから取り出した黒の万年筆の先を滑らせた。




所々、掠れたようになっている黒い文字は
ズラリと並んだアルファベットだった。



「私が離婚したのは、宮田君も知ってるよな？」
「存じ上げております」
「詳しくは言えないが、円満離婚だった理由は、彼にあるんだ」



そのアルファベットの下に、
続けてその万年筆の先を滑らせる。



「…北山 宏光？」
「ああ。彼は、別れさせ業を請け負っている。彼に依頼すれば必ず、標的(ターゲット)にされたカップルは別れてしまう」
「…そんな事、」



確かに聞いたことはある。
別れさせ屋という職業があるということを。
多種多様なニーズに答えて、存在する職業だとは思うけど。
自分がそんな世界に入り込む勇気はなかった。
この人はそんな事をしていたなんて。すごい。



「金は積むことになるが、金で幸せは買えるということを彼はきっと証明してくれるよ」

「…参考までに、いくらなんですか？」

「顔合わせに手付金10万円、それを引いた着手金は40万円。成功報酬は300万。」

「そ、そんなにですか。」

「確かに高額だが、君には払えない額ではないだろう？」

「………」



新入社員でお世話になってから、こんな事は口が裂けてもこの人には言えないが、社畜のように尽くし働いてきた。遣う暇もない程に。



だから、用意出来ない額ではなかった。

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