今夜君が欲しい【前編】

32 K ページ32

首元のシャツを掴んでいた手を引かれる事で、鎖骨に浮かぶ初々しいつきたての鬱血痕が見えただろう。


ついていたのは、鏡で確認済みだ。


紅く染まってる生々しいそれに藤ヶ谷が視線を向けたのを確認した。



「それより消毒をしてくれねぇか？」
「…え、」
「…お願いだからっ」


本当はオッサンに奪われていない下唇を噛みながら藤ヶ谷をうるんだ瞳で見つめる。藤ヶ谷の胸元のシャツをクシャッと握りしめて



「誰にも言わないで、じゃないと俺…っ」



何言ってるか意味不
でも、それがソソルはず
そして、向こうの反応を待つ。


もう3センチもない顔と顔との距離で
藤ヶ谷の瞳が色を帯びていく。
帯びていなかった瞳が獲物を捕らえる雄のものに変わっていくのを見逃さなかった。



普段攻められてる藤ヶ谷。
俺の体内におまえのソレを突っ込ませてやる。
男として抑えることのできない欲望をぶち込んでこいよ。


普段出来ない事をさせてやるよ。
快楽で何もかも奪ってやるよ。


俺は意図的にうるませた瞳から煽るような視線へと変えた。


3センチ…
2センチ…
1センチ……



0センチ。


唇に柔らかい感触が触れた。



(…嘘だろ、)



途端に、電気ショックのような快感が全身に走る。



(触れた…だけなのに)



藤ヶ谷の表情は、前髪で隠れて見えない。
濃い茶色の瞳は、前髪の奥にある。



「うっ…んっ、はあ、」



負けねえ



なのに、俺の想いも虚しく…
上唇が優しく噛むように挟み込み、下唇を覆われる。
温かく湿ったものが、隙間から捻じ込まれてくる。


快楽の波がそれだけで、俺を溺れさせた。


コイツ、キス上手いっ、
そんな…っ



「……んっ、...ふじが、」



や、と名前を呼んだ次の瞬間、俺を強く包み込んでいた腕と唇がパッと離れた。



「……！俺っ、ごめん、」



名前を呼ばれて…まるで我に戻ったかの様に謝ると着ていたジャケットを脱ぎ、差し出してきた。



「これ、着て」



ジャケットを座敷に置いてきて良かった。
そのジャケットを受け取り、抱き締める。



「ありがと、藤ヶ谷の香り安心する....」



大切なものを抱き締めるように、ぎゅっと香りを鼻に吸い込む。花粉症で大して嗅ぐことも出来ないけど。



「…先戻ってるわ、…ごめん、...忘れて」



玉森の事を思い出したんだろう、それからは指先すら触れず、用も済ませず、出ていった。



俺はスラックスのポケットに手を突っ込み、花粉症用目薬をぎゅっと握り込んだ。

33 T→←31 K

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す