今夜君が欲しい【前編】

31 K ページ31

抱き締められた腕の中で、優しい声が頭上から振ってくる。
耳元で囁かれるように吐息が触れる。



「気付いてやれなくて、ごめん」
「……別に、藤ヶ谷には関係ねえだろ」
「…なんだよ、それ」



藤ヶ谷の声は優しくなったと思うと、またすぐ強張る。


もっと乱れてほしい。
気付いてないかもしれないけど、わざわざこっちに踏み入れようとしたんだろ？



恋人がいながら、可愛い後輩が上司にいいようにセクハラされていないか…心配で見に来てくれたんだろ？



「知ったからって、どーすんだよ？所詮サラリーマンは上司に反発なんて…できねえだろ？」
「大丈夫。今はコンプライアンスとか厳しいし。俺が何とかするから」
「やめろよ。そーゆのすげえ迷惑だから。自分でなんとかするから。あんたは何もしないでくれ」
「でも…」


オッサンには、何もされてねえよ。
だから、オッサンにじゃなくてさ。



もっと俺を求めろよ。



気付けよ。



ただの後輩だからアンタは抱き締めてんじゃねえって。



俺の事が気になってる、って自覚しろよ。



同じ座敷に恋人の玉森もいた。
でも、アンタの心配そうな視線気付いてたぜ？


部長の腕が俺の肩を抱き寄せたり、回したりしてる時…チラチラこっち見てたよな？



玉森が他のオトコとじゃれ合って肩を抱き合って語っているのは目にも入れないで。




そろそろ、こんなにも席を外してると…
玉森だって怪しむという事も考えもしないで。



その真面目な正義感が、仇となるよ。



藤ヶ谷の首元に手の平をゆっくり添えて、触れる。



「藤ヶ谷が大切だから。自分の事は…自分で解決する。だから、部長には何もしないでくれ」



そして、彼の横の髪を耳にかけた。
褐色の肌、前髪で見づらいけど濃い茶色の瞳。顎のライン。首元の喉仏…。



コイツはホントに綺麗だ。



今までの標的(ターゲット)の中で。



誰よりも魅力的だった。



思わず、唾をゴクリと呑んだ。



コイツを俺のナカで、淫らにしたい。



見惚れてしまう。



数秒の沈黙…。



藤ヶ谷も俺を見つめていた。



そして、みるみるうちに表情が曇っていく。



視線はある一点に集中していた。



なあ、その瞳に宿ってる炎は嫉妬だって思っていい？




(藤ヶ谷が、欲しい…)




そう想い出していた事に
俺はまだ自分自身が気付いていなかった。



標的(ターゲット)に自分が堕ちる事など、言語道断だから。

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